道をゆくもの後編


「随分、離されただろうな、みどりと。間に合うといいが」

「………オレ、」

「自分の身の振りを改めろ、啓介」

「……知ってたのかよアニキ、みどりのこと」

「あんなに熱心にお前に懐いているんだ、見ていればわかるさ。気付いていないのはお前だけだぞ」


FCの音が聞こえなくなった頃、静かなパーキングで啓介は頭を抱えていた。


「オレたちの愛情が世間一般と異なることくらい、わかっているだろう、啓介」

「うん…」

「あきらを愛する気持ちはオレだって同じさ。だけど、一緒に歩いていきたいとアイツが選んだのがお前なんだ。一緒に居たいと思うなら、もっと考えるんだな」

「アネキぃ…」

「お前があきらを幸せに出来ないのなら、オレがアイツをもらう」

「っ、アニキ!」

「本気だぜ、オレは。だけど今は、あきらとみどりの帰りを待とう。うまくやれるさ、オレの妹は」






平常心じゃないから、いつも通り落ち着いて走れなくて、めちゃくちゃなラインのまま下って行った。

あんな啓介さん、見たくなくて

『お姉さん』なのに、なんで、そんな

愛しい目をするの?


「啓介さん…」


赤城の上りのタイムがあなたに追い付いたら、気持ちを伝えるつもりだった。

あなたに、いちばん近い女の子になりたい。

今まで、ずっとそう頑張ってきた。

でも、あなたの隣には、もう、『いちばん』の人がいたんだね。

ただのお姉さんじゃない、って、啓介さんの目を見ていれば、なんとなくわかった。

私が、どんなにがんばっても、決して、あなたの『となり』には、なれないんだ。



「っ…ひっ、く…、ぅぅ…っ!」


好き


啓介さん


大好きなの



瞳が水たまりになった。

溢れた水がこぼれたとき、ステアを握ることが出来なくなって、路肩にハザードを出した。


レッドサンズに入って、好きになって

私のロードスターが、いつかFDに並ぶ、その日まで

伝えたかった想いは、どこへ行けばいい?

両手で顔を覆って、自分以外誰もいない森の中、ロードスターだけが、傍にいてくれた。





「見つけた…!」


扱い難いやんちゃなFCを駆り、ロードスターの軌跡を辿って下った、中腹あたり。

森に溶け込む深い緑が、ハザードを出して停まっていた。



泣いていた所為で、後ろに車が停まったことにすぐには気付けなかった。

暗がりだけれど、バックミラーで見れば、それは白のセブン。


「え…、涼、介さん?」


でも、FCから降りたのは、涼介さんじゃなかった。


「みどりちゃん!」


間に合ってよかったと安堵の表情でみどりを見たあきらは、話があるから出ておいでと、みどりを外へ促した。


「なんで、あきらさんが、」

「啓介に来てほしかった?飛び出した自分を追いかけて」

「っ…、知って、たんですか」

「みどりちゃんとはまだ知り合って間もないけれど、見ていればわかるよ」


お互いのヘッドライトを消し、ハザードの光と、月の明かりの下、ふたりは真っ直ぐ向かい合った。




「今、啓介がここへ向かってもダメだと思った。私が話さなきゃ伝わらないと思った。私も、みどりちゃんと同じだから」

「え…」



やだ



「心から、啓介を愛してる」




ちく




「っ…愛、って、家族だから、ですよね…?」



ちくんっ、


「違うわ」


やめて


「啓介を、もう、弟とは思ってないの」


聞きたくない


「誰より大切な、恋人なの」



パァ…ン!



正面を向いて、私の目をしっかり見て。

迷いのない、真っ直ぐな目だったから、余計悔しかったのかもしれない。

啓介さんに想われる彼女が羨ましくて、

いつも一緒に、同じ家にいるんだから、少しは離れてよとか、

啓介さんの視線を独り占めしないでとか、

黒い、嫌なグルグルしたものがいっぱい出てきて。


聞きたくなかった。


「もしかしたら」と思った、自分にとって悪い予感が当たってて。


その言葉を聞いた途端、彼女の頬を叩いていた。






「っ、ざけないで…」

「…みどりちゃん」

「ふざけないで!姉弟なのに何が恋人よ!おかしいんじゃないの?!」

「ふざけて、弟と恋なんて出来ないよ」

「キレイ事だわ、そんなこと…!ずっとそのままでいられるワケないじゃないですか!それじゃ…っ、報われなくて啓介さんが可哀相です!」

「…みどりちゃん、やさしいね。啓介のこと、考えてくれて」

「当たり前です!好きな人の幸せを思っちゃいけませんか?!」

「……そう、だね。本当だね」

「…あきらさん……?!」


凜と、真摯に話していたあきらの目から、はらり、こぼれたいくつもの涙


「私は、みどりちゃんが羨ましいよ」


ほろほろ止まらない涙を、堪えずに


「まっすぐ、一途に好きな人を追いかけられて」


目は、みどりをしっかり見ていた


「何で、家族なんだろうって、ずっと思ってた。好きになっちゃいけないのに、お互い惹かれてしまったの」


「…諦めなかったんですか…?それでも…」


「『啓介』だから、恋に堕ちたの。誰にも知られちゃいけない想いを、彼は受け入れてくれた」


「涼介さん、は」


「知ってるよ、全部。理解してくれてるし、何かあったら頼れって」


「…どうして、私に話したんですか?そんな、大切な、秘密を」


ひと呼吸置いて、森の隙間から見える星のひとつを見ながら、あきらは続けた。


「……もし、私や啓介に何かが起きて、離れてしまうことがあったら…啓介を支えてあげて」

「え…どう、いう」

「みどりちゃん、啓介のこと本当によく見てくれてるから、啓介を笑顔にすることも出来るでしょう?」

「そんな…、それはあきらさんの役目ですよ、私じゃ、とても」

「自分の恋路を邪魔するライバルに向かって言いたくないけれど、みどりちゃんと啓介、すごくいい顔で笑ってるのよ。ああ、仲間なんだなって思った。だから、啓介を想ってくれてるみどりちゃんに、どうしてもちゃんと話したかったの」


流れる涙はいつしか止まっていて薄ら跡が残っているが、その顔には笑みがあった。

みどりも、それにつられるように、笑みがこぼれる。



「さっき、ぶってしまってすみませんでした。赤くなってませんか…?」

「ううん、平気よ。ありがとう、気遣ってくれて」


強いと思った。

こんなに小柄で、女の子らしくて、綺麗な彼女の、心が。

もし、なんて話をされたけれど、たぶん、そのときは来ないんじゃないかと思う。

こんなに、愛し、愛されているのだから。

そんなときが来たら、なんとなく、涼介さんが背景でうまくやってくれそうな気がした。

それを考えると、誰も、この兄妹弟には敵わないんじゃないかって思えてくる。

でも、でもね、

あきらさんがいるからって、やっぱり、この想いを諦めずにはいられない。

啓介さんを大好きな気持ちは変わらないし、誰にも変えることは出来ないのだから。









「あきらさん」

「うん?」

「宣戦布告です。啓介さんを賭けて、長期戦で私と勝負してください」

「啓介は渡さないよ、みどりちゃん」



夜の森の中で、気難しい顔をしていたふたりだったけれど。

今の彼女たちの表情がどうであるかは、FCと、ロードスターだけが、知っている。






「みどり!」

「帰ってきたな」

「アネキ…」



あれからどのくらい時が経ったのか。

アネキはみどりを見つけたのかとか、会って何話してんだろとか、ケンカになってねェよなとか、いっぱい頭で考えて、落ち着かなかった。

FCと並んで停められたロードスター。降りてきたみどりが泣いていないことに、まずはホッとした。


「FC、ありがとう、お兄ちゃん」

「無事だったんだな、ふたりとも」

「急に飛び出してすみませんでした、涼介さん」

「…もう、大丈夫、だな?みどり」

「あきらさんのおかげです」


何がどうあったのか、彼女たちの顔を見て、涼介は大体の予想がついた。

詳しく訊くのは野暮なので、ふたりで話したことには触れずにいようと思った。



「アネキ、みどり」

「啓ちゃん、」

「オレ、どうしたら」

「啓介さんは、そのままでいてください」

「え…?」

「むしろ、いつもの啓介さんでないと私が困ります。私が憧れた啓介さんは、そんなナヨナヨしてません」

「ふふっ、みどりちゃんたら」

「啓介さんと並ぶために、もっと自信とウデ、磨きます。だから、啓介さんはずっと前を向いて、誰にも負けないで、何にも屈せずに走っていってください」

「コイツ…っ、エッラそうに言いやがって!」

「あいたたたたっ!!ちょ、はなしっ、たっ助けてあきらさんー!」





「『何にも屈せず』か、」

「みどりちゃん、わかってくれたよ」

「そのようだな」



楽しそうにみどりと笑う啓介を見ながら、あきらは先の出来事を少し、涼介に伝えた。




「大丈夫、『もし』なんてことがあっても、みどりちゃんなら信じられるから」

「オレがいることも忘れるなよ、あきら」

「わかってますよ、お兄様」











進んでみなきゃ、その先なんてわからない。

簡単にわかってしまう未来なんて、面白くないじゃないか。

愛する人と、家族と、仲間とともに、

私は私の、道をゆく。







roadstar『道をゆくもの』





*************

いつも何気なく宅のヒロインちゃんを書いていますが、『きょうだい』で愛し合うって現実じゃ禁忌ですよね。

本当ならばしてはいけない恋だけれど、本人たちにはそんなの関係なくて、まわりには秘密にしておけばいい、そんな感じ。

啓介とお姉ちゃんの場合は、きっと涼介さんが裏でうまくやって切り抜けてくれると思う。お兄ちゃんも、妹を愛してますから。

NAヒロインちゃんのような女の子は、絶対いると思うんです。お姉ちゃんもしくは妹ちゃんの存在が邪魔で、兄弟が自分を見てくれないって。

いつもの書き方と少し視点を変えてみました。楽しかったです。



ちなみにケンタは啓介とお姉ちゃんが恋人だと知りません。高橋家はいつも仲良しなので、スキンシップも当たり前だと思って見てます。鈍いケンタかわいい。


2013,3アップ