仕事が終わってすぐ、赤城へ上った。



平日、週の始め。月曜日の二十一時。さすがに走ってる車はかなり少ない。いつもの資料館前には停めず、向かった先は、赤城神社。夜の神社は暗くて怖い、とか、そんな気持ちはなくて、闇の中に、ひとり、包まれたかった。灯りは、お社の少しの光と、両端の灯篭だけ。車を停めて、ゆっくり、鳥居へ歩いた。




闇が、小さな光が、私を包んだ。






仕事で、久しぶりにヘマをした。取り返しのつかない事ではなかったけど、チーム全体の作業が大幅に遅れる惨事になった。いつも温厚なリーダーも監督も、今日はさすがに…。私を信じてくれていたから任せてくれたのに、応えられなかった。信じているから怒ってるんだと、リーダーに言われた。


くやしい、かなしい


くやしい、ごめんなさい


家に帰りたくなくて、ひとりになりたくて、赤城に来た。賑やかな街から、離れたかった。





お社までの階段を、ゆっくり上る。大学受験でお参りに来たこと。お正月、レッドサンズみんなで初詣に来たこと。お兄ちゃんと京一さんのバトルの無事をお祈りしたこと。いろんな思い出が、一気に戻ってきた。


あぁ、ダメだ、ずいぶん弱くなってる


落ち込み易い時期なのか厄日なのか知らないけど。


やだな、今日は、泣いてばっかりだ


仕事がうまくいかなくて泣くなんて、そんな子供みたいなこと大嫌いなのに。


階段を上って、一番上に腰を下ろした。




「星…」



今日はきれいな青空で、夕焼けだった。雲ひとつない夜空に、輝ける星。何億光年先から光を届けている、遠い遠い、星。


「…お兄ちゃん」


赤城が一番星、私たちの白い彗星さんは、今日も大学が忙しいみたい。


『オレだって完璧とは限らないさ。失敗することもある』


失敗して、間違って、成長していくんだ


どんな局面になっても、冷静な判断力と洞察力で乗り越えられる才能と知識。お兄ちゃんのようになりたいと、昔から何度考えたことか。


「――だめ、考えれば考えるほど落ち込んじゃう。元気、出さなきゃ」


涙を拭って、深呼吸。目を瞑って、夜の赤城の空気を吸い込んだ。










「おいケンタ、今の青いエボ」

「あれ?あきらさんだ」


資料館に止まらず、上に行くあきらさんを見かけた。ナビやリアには、誰も乗っていないようだ。

ひとりで、どうしたんだろ


「誰かと待ち合わせ、って考えられないか。誰も上に行ってないしな」

「オレ、様子見てくる。今日は涼介さんと啓介さん来てないし、ひとりで何かあったら大変だ」


ふたりの大事なあきらさんは、オレたちレッドサンズにとっても大事な人だ。オレはQ'sを回して、神社へ向かった。







赤城神社、入り口に青いランエボが待っていた。リアバンパーに赤いバラのステッカー(あきらさんバラが好きらしい)。右サイドに大きく描かれた、彼女所属のチームロゴ。車体の重いランエボを、軽々と扱うあきらさん。あの華奢で細い身体のどこにそんなパワーがあるんだと、いつも思う。


目の前のランエボは無人だった。主を探しに、オレは境内へ入った。











「あきらさん」
 
「っ…ケンタ」


探していた人は、社の階段に座って、膝を抱えて俯いていた。


「ど、して」

「あきらさんが上に行くの見てたんです。オレ、今日走りに来てて」

「…そっか、見られてたか」


力なく笑う彼女。なんだか辛そうだ。


「…何かあったんスか?涙で目元ヤバイっスよ」

「目…?あっ!ヤバッ…」


身体中オイルで汚れる仕事をしていてもメイクの手は抜かないと、いつか話していたっけ。今、彼女の目元は真っ黒だ。マスカラが落ちるほど、泣いてたのかな。


「ずっと泣いてたんスか?まさか須藤に何かされたとか…」

「ちっちがう!京一さんは全く関係ないよ!自業自得だっただけだから…」




それからあきらさんは、泣いていた理由を話してくれた。

オレら男に比べたらすごくちっちゃくて(って前に言ったら怒られたけど)、可愛くて、ほっそい身体してんのに、めっちゃ頑張り屋で、パワーがあって、頭の回転も速い。さっきも思ったけど、この女の子のどこにそんな力があるんだ。それでいてGTチームのメカニックだろ、まじ、すげぇ。




「あきらさん、オレ…、惚れ直したっス」

「え、どうして今の話でそんなことになるの」


丸い瞳が、優しく細められた。


「やっと笑った。オレ、あきらさんの笑顔、超スキです」

「ふふっ、ありがとケンタ。元気出た」

「ムリ、しないで下さいよ。あきらさんはオレらレッドサンズにとっても大事な人なんスから!」

「えー!そうなの?初耳なんだけど!」



さっきとは全然違う良い顔で笑ってるあきらさん。




あぁ、どうしよう、好きだ




今まで、涼介さんや啓介さんみたいに、家族愛に近い気持ちで彼女を想ってたけど。






特別な人に、なっちまった





「よし、久しぶりに峠走ろうかな。サーキット仕様のエボだからちょっと遅いかもだけど!」

「マジすか!?オレ、後ろ着いていきます!」




あきらさんと資料館パーキングに戻って、上りと下りを何本か走った。下りは何とか追い着けるけど、上りは、ランエボの馬力には敵わない。走り終えた彼女は、いつも通りの満面な笑顔だった。








「あーもー!くーやーしーいー!リーダーのバカー!!!」

「…アイツは何を文句言ってるんだ」

「あっ、涼介さん、啓介さん。いつの間に…」

「史浩から連絡来たんだよ。おいアネキ!帰るぞ!」

「やだ!もっと走る!」

「「駄々っ子め…」」








くやしい顔も、困った顔も、泣いた顔も、笑った顔も、







大好きです、あきらさん。








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ケンタはヒロインちゃんを姉妹のように見てましたが…果たして。恋心があっても、告白できないチキンだとかわいい。史浩くんは完全に妹扱いですね。

設定にちょこっと載せましたが、京一さんと仲良しです。同じランエボで、しかもヒロインちゃんは初代なので、京一さんも興味があるんでしょうね。涼介さんとは違う、もうひとりのお兄ちゃんみたいな、そんな位置です。兄弟はそれが面白くないんです。これはまた別のお話で。