8月5日
オレはただ、いつものファミレス、いつもの時間、いつものメンバーでああだこうだ話し込んでいるだけだった。そんないつもの日が、ほんのちょっと特別に思えたんだ。
8月5日
「あれイツキ、拓海は?」
「今日は高橋涼介の勉強会だって、高崎に行ってますよ」
「うぉ、羨ましい」
「オフの日は大抵一緒にいるモンかと思ってたけど、今じゃそうも言えないんだなァ」
「ちょっとさみしい気もしますけどォ、親友として鼻が高いですよーオレは!」
池谷先輩と健二先輩、三人でつるむ夏のファミレス。時間が遅いから、周りはオレたちみたいな男のグループかカップルばかり。切ないため息は、どうしても出てしまう。
自分の席から見えるところに停めたマイカーを上から見ていると、あんまり見かけない可愛いフォルムの丸い車がハチゴーの隣に停められた。ちなみに反対隣にはS13と180SXが並ぶ。
「おー、イツキのハチゴーが日産に挟まれてるぞ」
「フィガロか。あれでターボ積んでんだもんな、見えねェよ」
「え、アレ、日産なんスか?」
自分の知識外だったフィガロという車は、今のマーチの原型だと池谷先輩が教えてくれた。そう言われると、なんとなくケツの形が似ているような。
「あれ?」
そのフィガロから降りてきたのは、何度瞬きしても、どうも見覚えのある女の人だった。
「池谷、あの人ってよ」
「あれ、そうだ」
ファミレスの入店チャイムと一緒に、「何名様でしょうか?」と決まり文句。連れが先にいますので、と彼女が答えたのか「お連れ様ご到着でーす」とマニュアル用語が飛ぶ。
「高橋ー、こっち」
目だけを動かしてちらと見ると、声は自分の背後ろにいたグループからだった。店員に連れられて、彼女は必然的に隣席のオレたちに近付いてくる。
「ごめん、教授に捕まっちゃった」
「何やってたんだよ、遅くまで」
「設計図の見直し」
高橋あきらさん。間違いない。あの高橋兄弟の真ん中で、兄弟が溺愛しているというウワサの。
後ろのグループは、男だけの三人組。ボックス席に二人と一人に別れ、一人のところに彼女が滑り込んだ。その時。
「やっぱりイツキくんだ」
「ヘェッ!?」
急に言われてオレはびっくりして背中側を勢いよく振り向いた。
「ハチゴー、きみのでしょ?こんばんは。池谷くんと健二くんもこんばんは」
その一言で、オレの前にいる先輩たちもドリンクを喉に詰まらせた。どもりながらこんばんはと挨拶すると、オレのハチゴーを窓から指差し、ふふっ、と笑うほんわかした顔に、一瞬、ほんとに一瞬だけ、和美ちゃんのことを忘れかけた。
「うるさかったらゴメン。学生対向レースの打ち合わせなの」
「あっ、ぜ、ぜんぜん!気にしないっスよ!ねェ先輩たち!」
「お、おう!大事な話なら尚更ですよ!」
「ほんと?ヒートアップしないようにこっちも気を付けるね」
背を向けて、後ろのグループへ戻っていった。
以前に峠で見たあきらさんは、キリッとしたつなぎ姿だった。『プロチームのメカニックなんだって』と拓海から聞いているから、今日みたいな女の子らしいブラウスにスカートでヒールっていうお嬢様の格好で本当にメカニックなのかなと頭で噛み合ってくれなかった。でも後ろから聞こえてくる、ボディバランスがどうの、CDとCLの値がどうの、排気1800がどうの、載せ替えがどうの、軽量アルミがどうの、走り屋には馴染みの単語があきらさんを中心に飛び交い、すごく楽しそうだ。ときどきオレにもわからない言葉が出てくるから、ああやっぱり本当にメカニックなんだなあとやっと確信が持てた。
つなぎ姿じゃないあきらさんを見たのはコレが初めてで、一緒にいる男の人たちは平気なのかなと思うくらい、スタイルとファッションが似合っていると思った。
「彼氏、いるのかな」
「おい健二、狙ってんのか?」
「…やめといたほうがいいと思いますよ健二先輩」
彼女の背景には、涼介と啓介を始め、県内外どれだけの男たちが見張っているか、健二は知らないのだろう。
ただ、今は
今、彼女の『背景』にいるのは、ボックス席を背合わせにしているイツキだ。
キリッとした印象が強かったあきらの可愛らしい姿に、背合わせ状態のイツキの心臓は高鳴って仕方なかった。
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補足:涼介先生の勉強会=プロD=ヒロイン大卒と設定にありますので、この学生対向レースは現役サポートのOB参加ということでひとつ。メンズ三人とヒロインちゃんはメカニックチームです。マシン設計なんてサポートしすぎと思ってはいけません(笑)NAロードスター1800をシャーシ替えてMRにしようとしているらしい。
自分には少し遠く感じていた高橋家のヒロインちゃんとこんなに近くになるのは初めてなイツキ。どぎまぎしてます。
2013,8/6アップ(間に合わんだ)