8月6日


朝の星占いで、自分の星座のラッキーワードが『夜空』だった。

今日は週末。丁度プラクティスの日だったと思い出し、既に作業をしているだろう赤城へ車を走らせた。





うっかりしていた。

もう何回走ってると思っているんだ。そりゃ、ここをホームとしている人たちに比べたら少ない方かもしれないけどさ。


「だからってガス欠はねェよなぁ…」


もうすぐで切れそうだと、ダウンヒルに入る前にどうして松本に言わなかったのか自分を叱りたい。何とか上れないかと奮闘しても、ハチロクのガスメーターはエンプティランプ。雲がかった夜空。明るく晴れていれば上毛三山がすっきり見えるはずの、木々がない拓けた場所で、拓海は涼介に連絡を取った。




「松本、すぐにバンで向かってくれ」

「藤原、何かあったんですか?涼介さん」


藤原から電話があったらしい。しかし涼介さんは何だか楽しそうに話す。


「いや、はは。ガス欠で、上りの途中で止まったんだとさ。持ってって、入れてやってくれ」

「そういやさっき藤原、残量のこと言ってませんでしたよ。わかりました、行ってきます」


燃料やタイヤ専用のバンで向かおうと準備をしていたとき、涼介さんがまた電話を受け、手を上げて待ったをかける。


「藤原、今こっちに向かってるらしい」

「えっ?!だってガス欠で…。どういうことです?」

「あきらだ」







「拓海くんでもこういうことあるのねー」

「いや…自分でもビックリです…」


いつ何があっても作業出来るよう、使い慣れた工具一式をコンパクトにまとめ、常に工具箱を載せているエボのトランクから、白旗が付き、そして両端にフックが付いたストレッチ性のロープを取り出す。


「サーキットとか、それこそ公道でね。何かあっても直ぐに向かって引っ張れるように、いつも入れてあるの」


こっちハチロクの前に引っ掛けて、とロープを渡される。


「法的にゆっくり走るから、遠心力で振られないように操舵に注意してね。って拓海くんは大丈夫か」

「いえ、そんな。本当、ありがとうございます。あきらさん」

「ふふっ。この子の馬力にお任せあれ」






ハザードを出している小さな車。見慣れたテールランプの後ろに愛車を付け、降りて運転席を覗くと、やっちまったという顔の拓海だった。涼介に連絡を入れ、松本がこっちに向かうそうなのだが、ヒルクライムまだ序盤のここだと、下りてくるには距離がありすぎる。バンを待つより通り掛かった自分が引っ張ろうとあきらは判断した。せっかくの大事なプラクティスに支障が出ては時間が勿体ないと、あきらは拓海に提案。直ぐ様、涼介に訂正の電話を入れた。





「あきらさん、お疲れ様です」

「手前かけたな、あきら」

「ううん、気にしないで。ハチロク軽いから、牽引も楽ラクなの」


電動リールでじゃなくて、車が車をロープで引っ張るってこんな感覚なんだと、あきらさんの後ろにいながら思った。優しくゆっくり走ってくれたおかげで、遠心力でリアが流れることもなく上り切れた。アクセルを踏んでいないのに進む不思議な感覚を初めて体験して、今はちょっと落ち着かない。



でも、


「ありがとうございました、あきらさん」

「お役に立てて嬉しいわ、拓海くん」


みんなが大事に想うあきらさんを、あの時間はオレが独り占めしていたんだと思うと、別の意味で、落ち着かなかった。


「……夜空を見に行けば、何か良いことが起きるかもって」

「え?」

「TVの星占いでね。そう言われたから」

「…生憎の曇り空っぽいですけど」

「ううん、空に星や月が見えなくたって、私にはちゃんと星が見えたわ。占いは当たっていたのね」

「…どういう、?」



「目の前の"期待の星"に、会えたもの」





身長差で、見上げながらにこりと笑い、オレの鼻頭にちょんと触れる。



身体中の血が一気に顔に集まった気がした。



それくらい、あきらさんの笑顔が可愛くて、素敵だったんだ。





8月6日







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峠で牽引て怖そうだな…。


2013,8/7アップ(またしても…)