プレアデス


自分の立場に責任が伴えば、罪を被るのは当然だと思っていた。

『チーム』

その意味を、身をもってようやくわかった。


自分は、ずっと守られていたんだ。




国内のラリーチームに加わって早3年目。全日本ラリー参戦を拠点とし、メインのレースがない日はスポンサーやメーカーが参戦している他のレースに出走して経験を積む日々だ。夏はモータースポーツ各カテゴリーがもっとも活発になるシーズン。夏休みの助けもあり、集客のための様々なイベントが各地で開催されている。『大事な予選前にトークショーなんてかったりーぜ』と、今週末にS耐の戦いを控えた啓介からメールが届いたばかりだった。


「拓海の出身は群馬だったな」

「ええ、渋川ですが」

「そうか。どうだ、久し振りに、顔を見せに行っては」


それは、気分転換や息抜きという名の反省。

雨で濡れた路面と砂利にタイヤを取られマシンを大破させた、先のレースでのミス。北海道の闘いを終えて関東のチームファクトリーに戻ったとき、拓海は監督から言い渡された。


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『タクミ』


深夜の高速道路。高崎ジャンクションの表示が見えた頃だった。


『オーバースピードだよ、さすがに』


年齢で言えば自分の倍ほどの年式であるのに、小柄で軽快な走りが反映してか、澄んだ少年のような声だ。


「…」

『ちょっと、無視しないでよ』

「うっせぇ」

『あーもー、タクミってばプロになってからカリカリすること多くない?』

「だまれよ」

『ね、ぼくお腹すいちゃった』

「…っち」


インパネを見ればそろそろエンプティランプが付きそうな残量だった。あと5km先のサービスエリアまで、拓海は今より更にアクセルを踏む。


『タクミ』

「…」

『タークーミ』

「ンだよさっきから」

『落ち込みすぎ。いつまで引き摺ってるの』

「…どうしてお前が知ってんだよ。北海道には連れてってないだろ」

『ぼくの鍵、いつもポケットに持ってるでしょ。それで伝わるんだよ、離れててもね』


いつ頃からか、声がするようになっていた。最初に気付いたのは、エンジンを載せ代えてしばらく経ったあとだった。気のせいと思って無視していたけれど、事あるごと…プロジェクトDが始まると頻繁に頭へ直接届くようになった。あれは栃木の八方ヶ原だったか…拓海はそのとき初めて、その声に呼応した。


「ハチロク」

『タクミの元気は、ぼくの元気だよ。タクミの怒りも、ぼくに伝わる』

「ごめん」

『ぼくは、主(あるじ)からタクミの一切を任されたんだ。タクミを守るのも死なせるのも、ぼくの役目。あまり、ぼくを怒らせないで』

「…うん」


ハイオクを目いっぱい入れて、拓海はサービスエリアの端にハチロクを停めた。箱根の最終戦で傷付いたハチロクは今、戦闘機までいかなくとも街乗りするには充分まで回復している。主…文太や政志のウデのおかげだ。


『ぼくがまた一緒に走れば、タクミを危ない目に遭わせないのに』

「ムリすんな、お前はもう休むべきなんだよ」

『ぼくだってまだ現役だもん。D1だってドリフトマッスルだって、ぼくたちAE86は走ってるじゃないか』

「後輩の頑張りを見守ってやるのも立派な仕事だろ。ZN6を認めてやれよ先輩」


拓海の仕事の相棒は、ZN86。これも縁というべきか、メーカーからの配給はてっきりヴィッツになるだろうと思っていたラリーマシンは、後継のハチロクだった。


『ぼくなら、あんなコーナー、クリアできるのに』

「お前の力不足でもZN6のせいでもない。あれは、コドラの指示を聞かなかったオレのせいだ」


指示速度でクリアしなければいけないコーナーを、予想していなかった砂利の量に目線とハンドルを奪われ、コドライバーの声が聞こえずタイヤが滑ってコースアウト、そして、転倒。乗員ふたりは無傷だが、ふたりを守ったZN86のルーフとサスペンションが壊れてしまった。


「コドラは砂利と雨を想定した速度とギアを言ってくれたんだ。あの状況下で冷静になれなかったオレが悪い。群馬に向かってるのだって、反省しろってことだろ」

『…そうとは、限らないよ』

「ハチロク?」

『ね、せっかく時間もらったんだし、秋名行こうよ。ぼくも走りたいよ』

「いいけど、前みたいに攻めないからな」

『わかってるよ』



平日の秋名は静かだった。自分たちが騒ぎの中心だったあれから月日は経ったが、いつの時代も走り屋の存在は少なくないらしい。真新しいブラックマークがいくつもある。自分の跡なんて、とうに消されてしまっているだろうが。それほど秋名…群馬へ帰ってきたのは久し振りだった。いつものスタート地点には、拓海とハチロクしかいなかった。本当に静かだった。


『まって、まだ目閉じないで』

「だってお前、こんなに星が出てんのに、お前のライトが明るくて見えねーじゃん」


澄んだ夜空には無数の星。夏の大三角形くらいは雑学に疎い拓海でも既知だし、見つけることができる。ボンネットに寝そべり眺めようとリトラクタブルのスイッチを切るときだった。


『タクミ』

「なに」

『チームは、タクミを責めてなんていないよ』

「だったらなんで群馬に帰れなんて」

『帰れって酷いな、久し振りに行ってこいって言われただけじゃん』

「同じことだろ」

『ぼくはこう思ったね。ぽけ〜っと抜け殻のままホームコースを走ってこいって』


昔、自分自身で気付いたことだった。

ホームコースの存在、恩恵が、自分に安心をくれること。どんな薬より万能薬だということ。


『タクミが峠出身だから、監督はそう言ったんだと思うよ。地元ならなおさら、リラックス出来るだろうって』

「…そう、かな」

『自分を律することがまだ甘いんだよタクミは。なんたってぼくよりずう〜っと歳下の坊やだからね。経験値が足りないね』

「うるさいな、どうせオレはひよっ子だよ」

『ひよっ子は、まわりに甘えるものだよ。そのためのチームでしょ?


タクミ

チームをなんだと思っているの。


たったひとつで強い輝きを放つ星と、大小まばらに集まって強く輝く星たち。力比べをしたら、どっちが勝つだろうね』


ハチロクのヘッドライトは、ずっと前を指したままだ。自分の道をいつも照らしてくれた光だ。


「明日、ファクトリー戻るぞ」

『あれっ涼介さんや主に会いに行かないの』

「情けない顔見せられるか。ファクトリー戻って、ZN6に謝る。テストコースで特訓して、チームにお礼がしたい。会うのは、シリーズチャンピオンになってからだ」


新しいブラックマークが増えた。

それは老いたハチロクには少々堪えただろう、あの頃と変わらない、秋名下りの最短ラインだった。


8月6日。深夜のホームコースにて。



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プレアデス星団、通称、六連星=スバル。インプを主役にしようかと思ったんですが毎年恒例のハチロク坊ちゃんにしました。もう3年目ですか。

ひとりじゃないよ、まわりを頼りなさいよという年配の方からの助言でした。拓海は責任感が強いのでプロになったら余計にひとりで背負こむと思うんです。休んでおいで=反省しろ、とマイナスに捉えちゃいました。監督は単にクラッシュのストレスから解放させてあげたかっただけなんです。気付かせてくれたのは、唯一無二の相棒でした。どなたか宅のハチロク坊ちゃん描いて…見てみたい…←

2015,8月6日りょうこ