Final Destination 8/6


最終戦が終わったときは、最後の力を貸してくれたと都合よく思っていたけれど。


「おー、拓海か」

「こんにちは政志さん」


まだまだ知識が乏しい自分でも見ただけでわかるくらい、あいつに与えたダメージは大きかった。特にここ最近、プロジェクトが落ち着いてからずっと、『ありがとう』より『ごめんな』と、思うことが多かった。



「あっついのにチャリで来るたァ、お前も元気だな」

「配達で鍛えてますし、クルマばっかりに頼っちゃいけないと思って」

「インプ使えばいいじゃねーか」

「『政志んトコくらいチャリで行け』って言われましたし、まあそれもそうかなって」



昼が過ぎた頃、政志さんの修理工場へやってきた。作業中のガレージに送風機はあってもこの暑さでは汗は止まらないようで、政志さんは首のタオルで何度も顔や首を拭っている。


「ほれ、鍵」

「ありがとうございます」


敷地の一角に、一台分のガレージがある。借りた鍵でシャッターを開ける。外気温で熱気を帯びた空気が中から流れる。その熱気で、自分の額からも汗が流れる。


「元気か?……なわけないか」


最終戦のまま。ボディーの傷も、焼けたエンジンも、まるっとそのままで鎮座している、唯一無二の相棒。


「ハチロク」


シンジとのバトルでハチロクがどんな状態になったかは、親父も政志さんも既に知っている。詳細を話し合った末、直すにしろ直さないにしろこれからゆっくり考えていけばいいと、しばらく政志さんの工場で預かることになった。その翌日。どうしても、ハチロクに会いたくなった。


「……ごめ『何しにきたのタクミ』……ンだよ」


自分が本当にハチロクのことを理解しようと考えを改めた数ヶ月前。走っていると突然頭に直接語りかける、少年のような声が流れてきた。それはハチロクに乗る自分だけに聞こえる声のようで、応える姿は端から見ればハンズフリーで電話をしているように見えただろう。最初は『ぼくはタクミを認めてないよ』『ぼくの主はひとりだけ』など捻くれた言葉しかくれず、こちらも喧嘩腰になったものだ。



「…お前の顔見にだよ」

『ぼくはひとりでのんびりしたいよ』

「オレが来るまでそうしてたじゃん」

『そうだよ、邪魔が入ったなーって思ってたの』

「ハァ…お前ほんと素直じゃねーよ」

『タクミに似たんだよ』


フロントバンパーの前に座ると、その声が届く。壊れる前に比べて弱弱しいと思った。


「…無理に話さなくていいんだぞ」

『別に無理してないもん』

「お前、人間でいう入院患者みたいなもんなんだから」

『タクミがやさしいと調子狂うよ』

「……お前がそうなったのは、オレの、せいなわけだし」


最終戦。涼介さんと松本さんからの指示に従うかどうかは、自分の判断に任せられた。しかし結果は、出来れば使いたくないと言われたことを使わずにいられない状況になってしまったのだ。自分の責任だ。


「エンジン、二度も壊してごめん」

『タクミからごめんは聞きたくないよ』

「このときくらい言わせろよ。お前なら多少無茶しても応えてくれると信じてた。勝ちたくて、がむしゃらだった」

『…うん』

「ごめん」

『……うん』

「労ってやれなくて、ごめん」

『……タクミは、ぼくのこと好き?』

「…たりめーだろ」


弱弱しく、ゆっくりとハチロクは続けた。最後の声のような気がして、ひとつも逃さないように神経を研ぎ澄ました。壊れたままのエンジンが載っているボンネットに手を添えて。



『タクミはぼくと走っていて楽しかった?』

「かった、ってなんだよ。ずっと楽しいに決まってんだろ」

『よかった。ぼくは主との約束をちゃんと守れたんだ』

「親父と…?」

『一度壊れたときに、主からタクミを頼むって。最初はタクミのこときらいだったけど、タクミはぼくを想って泣いてくれた。ぼくを好きだって言ってくれた。タクミがぼくを信じてくれたから、ぼくもタクミを信じた。タクミが楽しいとき、ぼくも楽しかった。主から頼まれたこと、ぼくはちゃんと出来ていたんだね』

「…どーいうことだよ、意味わかんねぇよ」

『このエンジンになって、よかったと思ってるんだ。おかげでぼくはもっと、タクミと一緒に速く走れた。あのとき壊れて、この前も壊れて、ぼくはよかったと思ってるんだよ』

「おい!なんてこと言うんだよ!」

『タクミの成長を頼まれたんだ。そのために壊れるなら、ぼくは本望だってこと。タクミになら無茶されたってかまわないよ。だって、ぼくを大事に想ってくれてるの、知ってるもん』

「ハチロク、」

『一度は死んだエンジンを助けてくれたのはタクミだよ。ぼくは、タクミが成長する糧になれた。それでじゅうぶんだよ』

「おい、冗談でもそんなこと、これからだって、」


良からぬことを言いそうで怖かった。立ち上がり、思わずボンネットフードを開ける。焼けたオイルのにおいがした。


『タクミの最終目的地はどこ?もっと先でしょう?』

「そ…、だけどさ」

『ずっとぼくと一緒にいちゃ、いけないよ』

「でも、オレにはお前が必要で、」

『ぼくは、そのための通過点。いつまでもぼくに甘えちゃだめ。プロになるには、いろんなクルマに乗って、いろんな経験しなきゃ。戦うために大事なことだよ』

「……ンだよえらそーに」

『生憎、昔から主といろんなプロドライバーを見てきたんだ。えらそうに言う資格はあると思うけど?』

「…はいはい、ったく」

『……叶えたい夢を見つけてあげられてよかった。ぼくと一緒に走ってくれて、ありがとうタクミ』

「……眠るのか、ハチロク」

『うん、ちょっと疲れたよ』

「そっか。じゃあ、フード閉じるからな。ゆっくり休めよ」


『おやすみタクミ』

「おやすみハチロク」




ガレージのシャッターを閉じて鍵をかけた。熱く照らす太陽は傾き、見上げた空は青とオレンジが混ざった色になっていた。見上げていないと、いろいろ、零れ落ちそうだった。

親父と政志さんに、ちゃんと話そう。自分とハチロクで決めた今後のことを。



*****


最終戦〜赤城BBQの間の出来事でした。壊れたハチロクはたぶん松本さんの工場じゃなくて政志さんのところに行く気がしたんですよ。エンジン載せたのもおっさん三人ですし、いくら名義が拓海にあっても元は文太の車だから、直す直さないはDメンバーよりおっさんたちの意見を踏まえて拓海は決めたいんじゃないかなと思いました。そんなときにハチロクの声を聞いて、拓海は決意します。池谷を樹が廃車かな〜って嘆いていたとき祐一さんが「みんなの記憶に残る。それでいいんだ」って言ったのも、おっさんたちと拓海で決めたことだったのかもしれません。ちょっと切なくさみしいお話になりましたが、またご感想等お待ちしています。タイトルはアンジェラ・アキさんより。

擬人化まではいかないハチロクちゃんシリーズ、4作目になりました。京一戦でのエンジンブローで主(あるじ)に拓海を頼まれた云々の件は、シーズン&アニバーサリー『highway86』の一説です。最初に書いたハチロクちゃんのお話です。よろしければどうぞ。


2016,8月6日りょうこ