テンペスト
※ニセD事件、拓海&樹→真ん中&和美。ギャグです。
埼玉県秩父市。
プロジェクトD埼玉遠征の際、一度だけ観戦に行ったときに出会った彼女とは、車バカな兄を持つ自分と同じ境遇だったことから、あれよあれよと仲良しになった。年はまあ、自分の方が些か上だが、傍目からは自分のほうが幼く見えるくらい、彼女、秋山和美は落ち着きのある大人に見える。と、兄の渉に言うと『視力悪いんじゃねーか』と返された。
碓氷の彼女たちもそうだが、車が好きな女の子の友人が増えると嬉しいものだ。最近免許を取った和美の練習に付き合うべく、彼女の運転でここ、定峰峠へ赴いた。
「よく来るの?この峠」
「アニキに連れられて、何度か来たかな。自分の運転じゃ初めてですよ」
まだ自分の車がない和美を自宅まで迎えに行き、そのあとハンドルを彼女に渡した。扱い易いフィガロで行こうかと言うとMT操舵の練習がしたいと返事が来たので、エボTで向かうことになった。派手なチームロゴは夜目でも目立つため、出来るだけ奥まった目立たない場所に停めてから、無事最初のヒルクライムを終えた和美と一息つく。自販機でお互いのドリンクを選んでいると、晴れた夏の夜に集まったたくさんの走り屋やギャラリーたちが急に騒ぎ始めた。
「プロジェクトDのダブルエースが来るらしいぜ!」
「マジで!?すっげェ!」
「見にいこうぜ!」
ごふ、と、咽喉へ一気にアイスティーが流れ込んだ。隣の和美は瞳をぱちくりさせている。
「…は?」
「あきらさん、何か聞いてる?」
「いや何も…。啓介と拓海くんがふたりだけで走りに行くなんて今までないし…しかも埼玉まで…?」
「今日たまたまふたりで来てるのかもしれないし、見に行ってみましょうよ」
_______________
「……和美ちゃん、私、吐きそう…」
「あきらさんしっかり…!」
まあご丁寧に揃えたものねと、ハチロクとFDを見て思った。ふたりと同じ車に乗りたいと思う熱烈なDのファンもいるだろう。ここまではいい。
「なにあのブッサイクな男たちは!!ニセ者ならニセ者らしくもっと完コピ目指しなさいよ!!あんなのクオリティ低すぎてコスプレにもならないわ!!」
運転席から出てきたダブルエースなる二人。名乗るならもっとマシな外観であればいいのに、お世辞にも似ているとは決して言えない。ハッキリ言えばデブでメタボでヒョロくてブサメンである。自作なのか知らないが、フロントガラスに貼ってあるステッカー、そして、何故にお揃いで着ているのか、不快でたまらないTシャツにも同じロゴが。
「怒り通り越して呆れるわ。よくもあれで本物を語れるわね、鏡見なさいよ」
「…うわぁ、言いますね、あきらさん…」
「アッタマきた。ちょっとこらしめるわ」
「えぇ!?暴力ダメですよ…!」
「だーいじょーぶ、イイコト思いついたの」
どうせお揃いなら真っ当な本物同士で着てくれたら絶対可愛いのに。でもあのPROJECT.DのプリントTシャツは、いくらセンスの乏しいあの兄でさえきっと『却下だ』と言うだろうなと思うあきらは、企んだ笑顔を和美に向け、車業界で培ったメディア向けの表情で、ダブルエースなるものたちへ近付く。
「あの…、すみません」
「ん?」
「プロジェクトDの、高橋さんと藤原さん、ですよね?」
「ふっ、その質問には、イエスともノーとも言えないな…。今日はおしのびで来てるんでね…あんまり騒がれたくないんだ。な、啓介」
「おう」
(ちょ、めっちゃカワイイんだけどこの女…)
(なんだよ…すっげェ美人…!)
「えー?イエスって言って下さいよぉ。だってダブルエースってすっごいイケメンって聞いてますし。お二人がそうなんでしょ?憧れのドライバーに会えるなんて嬉しいですー!」
「……あきらさん、ノリノリだ…」
中心の輪へかつかつと向かったあきらを、和美はやや外れたところから様子を窺うことにした。クルマ業界で何度もメディアに取り上げられ、雑誌掲載も多々なあきらは、兄弟たちがそうであるように彼女もまた整った顔立ちであることから、自分が傍からどう見られどう言われているのか自覚している。そして弟によれば『アネキは背ェちっこいけどスタイル良くて出るトコ出てっからそのギャップが萌える』だそうだ。暑い夏の夜、折しも今日のあきらの恰好は、半袖のピタTシャツにマイクロミニのプリーツスカート。見えてもいいようにホットパンツを履いてはいるが、男心を擽る『見えそうで見えないチラリズム』を狙うには打って付けで、加えてスタイルの良さを存分に見せつけることが出来る、まさに『エロかわ』な姿だった。和美は思う。あきらは『ブサメンいびり』を絶対楽しんでいる、と。そしてとりあえず渉に報告せねばと和美もケータイカメラを取り出した。
「実は私、群馬出身で。啓介さんに憧れて、峠を走るようになったんです。そんな憧れの人に会えるなんて…。あっ!す、すみません!初対面なのに、啓介さん、なんてお名前でお呼びしちゃって…!」
「い、いや、かまわねェよ。好きに呼べ」
「わあ!本当ですかぁ?!ありがとうございます、啓介さんっ」
(うおぉモロ好み…!可愛すぎる…!)
きっと涼介と啓介がこの場に居たら悶絶だろう最高の笑顔を『憧れの啓介さん』に喰らわせたあきらは、染めた頬に両手を添え、もじもじと体をくねらせる。恥ずかしくて直視出来ないというように、少し俯きつつ、ちら、とニセ啓介に目をやった。『啓介さん』と呼んだ後ろにハートマークが見えたと、後日、和美は語る。くねらせたことでスカートが揺らぎ、夏の炎天下でも全身を覆うつなぎを着ているために日焼けをしていない白く引き締まった太ももがちらと見え、ニセ啓介とニセ拓海の咽喉が音を鳴らすのを、あきらは見逃さなかった。
「あのぅ…お二人に、お願いがあるんですけど…きいてもらえますか?」
「モチロンさ、可愛いキミの頼みなら。なぁ啓介」
「ああ、なんでも言ってくれよ」
こんな極上の女を相手に出来るとあっては、これだから『プロジェクトD』は止められない。と、ニセ者同士でニヤリとほくそ笑む。彼女のお願い次第では、コチラもナニかお願いしても許されるだろう。何せ、自分たちは『憧れ』なのだから。
「一緒に写メ撮ってくださいっ!私の友達にも、ダブルエースがすっごい好きなコがいて自慢したいの!」
「なあんだそんなことか。お安い御用だぜ?」
あきらのスマートフォンを近くにいたギャラリーに任せる。すっ、とニセ拓海が太った体を寄せて腰に手を回してきた。そしてニセ啓介はその反対側より体を寄せ、あきらの肩を抱くように触れる。夜とは言え夏なのだ。汗臭いブサメンに密着され(しかも片方は相当なデブ)、気持ち悪さであきらの鳥肌は止まらない。気安くレディの体に触れるなどと突っぱねたかったが、しかし決定的証拠になるため、ここはグッと我慢、『ダブルエース』に会えて嬉しいという顔をしなければ。シャッターが切られ、スマートフォンが戻ってきた。最悪の写真が収められている。
「ところでキミ、今日はひとりで来たの?」
「そうなんです。たまたま、群馬から走りに来てて。そしたら偶然お二人に会えたでしょ?もう嬉しいですー!」
「キミみたいな可愛いコが夜の峠に来るなんて危ないじゃないか。カレシは?」
「えっ、い、いないですよそんなのー。車好きな女の子って、モテないみたいで…」
「それは驚きだ。世の男は何をやってんだかな。オレなら、キミを放っておかないぜ?」
「もう、藤原さんたら!」
「オレは冗談で女の子を口説いたりしないよ。ね、このあと時間あるかい?キミとゆっくり話したいんだけど。啓介も来るよな?」
「そうだな拓海。走り屋同士、セッティングの話とかイロイロ話さないか?」
「(その顔で拓海だなんて呼ばないで…!)ごめんなさい、もう群馬に帰らなきゃいけなくて…。折角ですけど今日はご遠慮します」
自分で渦中に飛び込んでいてアレだが、早くここから離れたかった。どうにか決定的証拠を手に入れたので、この辺で二人から距離を置く。
「来週、またこの峠に来るつもりなんですけど…そのときにもう一人の友達、連れて来ますねっ」
「なあ、さっきのスマホ、連絡先教えてくれないか?」
「ごめんなさい啓介さん、アレ、仕事用で…。来週、プライベート用の持ってきます!」
「(プライベート…!)そうか、じゃあまた来週、約束だぜ?」
「はいっ!啓介さんも、今日はありがとうございますっ」
ひとしきりギャラリーを賑わせ若い走り屋たちを騙していったニセ者は、本物とは似つかぬ排気音を鳴らして帰っていった。彼らの姿が完全になくなったところで、あきらは和美の元へ戻る。今し方撮った決定的証拠をすぐに送るため、涼介と啓介のアドレスを開いた。添付する写真を確認したとき、先程触れられた肩や腰がぶるりと震え、全身泡立ち、気持ち悪さに眩暈がした。あきらとニセ者の一連の様子を和美もカメラに収めていたので、埼玉勢に知らせるべく、渉へ添付メールを送る。
「うう…気分、サイアク…」
「あきらさん、しっかりー…」
7/9 22:35
from>>あきら
to>>rt_fc3s@xxx.ne.jp
sub>>定峰峠にて
clip>>(309KB)IMG_7783.jpg、(298KB)IMG_7782.jpg
_______________
啓介と拓海くんのニセ者がいました。
PS、秋山和美ちゃんと一緒です。渉くんにも連絡済だよ(^^)/
_______________
群馬大学医学部、研究棟にて。
「オレは帰る」
「涼介オイ待て!」
「自分のやることはすべて終えた。あとはまとめるだけなんだから出来るだろ岡田」
「グループ分全部オレがまとめろってのか!鬼かお前!」
「知るか。それをいつもオレがやってんだ。たまにはやれ。もう引き止めるなよ」
「ちょっ、待、りょうすけぇええ!!」
「………どうした岡田。高橋と擦れ違ったんだが凄い形相だったぞ。何かあったのか」
「……せんせ、オレ、今日何時に帰れるかわかんないっす」
7/9 22:37
from>>アネキ
to>>yellowfd_keisuke_no1@xxx.ne.jp
sub>>定峰峠にて
clip>>(309KB)IMG_7783.jpg、(298KB)IMG_7782.jpg
_______________
啓介と拓海くんのニセ者がいました。
PS、秋山和美ちゃんと一緒です。渉くんにも連絡済だよ(^^)/
_______________
赤城道路、パーキングにて。
「ブッッッ…殺す!!!」
「啓介さん落ち着いてぇぇえ!!!」
「ンだよコイツら!ニセモノ!?ハァ!?アネキなにやってんだよ!」
「うっわ何なんスか超ブッサイクじゃないスか!あきらさん大丈夫っスかね…!!」
「大丈夫なワケねェだろが!こんなベタベタしやがって…!!帰んぞケンタ!」
「あっ、ま、ってください啓介さん…!」
ニセ者と一緒に三人で撮った最悪の一枚と、車種とナンバーが写った二台の写真。その二枚を添付したメールを受け取った兄弟は怒り心頭、あの涼介が冷静さを失うほどだった。史浩とケンタは啓介を宥めるのに精一杯で、ハチロクを修理しながら松本は『それは大変なことですね』と黒い笑顔で涼介からの電話を聞いていたという。
埼玉から戻ったあきらを待っていたのは、兄弟たちからのしつこいくらいの抱擁とキスだった。
「もう…!いい、加減にしてよ…ぉ」
「女の子だけで峠に行くな。喰われてェのかあきら」
「ナニされたのアネキ。つか埼玉まで遠いじゃん、なんで行ったの」
「和美ちゃん、に…、んッ、誘われたのっ!こうなるなんて、しらなかった、んだってば…!」
「他にドコを触られた?全部オレたちが消毒してやる」
「んんッ、ふ、ぁ…、ぉ、にぃちゃ…ぁ」
「こーんなピタピタなTシャツとミニスカ、ニセモノたちに見せたのかよ。やーらしーんだー」
「ちが、ぅ…もん…っ、ふ、ゃッ、啓、ゃんっ!」
抱擁とキスだけで済む兄弟ではないということを、からだに残る跡の数で、改めて思い知ったあきらだった。
翌週。
和美からのメールを元に追跡をすると、なんとも呆気なく犯人が判明した。そりゃそうだろう、北関東の峠じゃ有名になりすぎている二台を真似ているのだし、フロントガラスに貼ったステッカーが目立ち、返って逆効果だということをヤツらは気付かないのか。熊谷ナンバーのハチロクとFDなんざ、地元の連中に問えば一発で発覚した。ツメが甘く手応えがねェなと、定峰峠駐車場に止めたレビンに凭れ、渉は思う。今自分の目の前では、そのニセ者たちが若者相手に自信たっぷりな会話を楽しんでいる。
渉のケータイがピリピリと鳴る。相手は拓海の友人、イツキからだ。そろそろ来るかと、渉はニセ者へ近付く。
「…これぞ、本物のドリフト!」
指を弾き、同時に飛び出してきたカーボンボンネットのハチロク。群馬ナンバーの、紛れもなく当人のもの。尋常ではない進入スピードでコーナーに飛び込む姿は、拓海にしか出来得ないテクニック。目の当たりにしたニセ者二人は涙を流し、行場のない空気に包まれ、手足がガクガクと震えて逃げ出そうと『愛車』へ向かう。そのときだった。
「へェ、お前も啓介って言うのか。奇遇だな。オレもなんだ」
『憧れの啓介さんに会えて嬉しいですっ』
あの可愛い彼女の声が聞こえたような気がした。
夜目でも光輝くイエローのFDから降りてきた啓介は、『族の総代っていうのは本当だったんですね』と後から拓海に言われるほど低い声で彼らを睨む。
「…オレのニセ者があまりにもブサイクだってことも許せねェんだがな……、アネキ、出て来いよ」
「こんばんは、藤原さんに啓介さん。先週はありがとうございました」
ニセ者たちは更に言葉を失った。だって、そこにいるのは。鮮やかなカラーのつなぎを着て立っているのは。先週自分たちに眩しい笑顔を向けてくれた、天使のような彼女なのだから。
「…テメェら、ウチのアネキに手ェ出しやがったろ、あ?ベッタベタしやがって許せねェ…!」
「アネ…っ、う、ウソ…!?」
「そ、そうとは知らずに…!ごごごめんなさいぃぃ!もうしませんー!」
「……レーシングチームTRF、メカニックの高橋あきらです。あなたたちが現れたことは、箱レース業界でも話に上がっているの。当分はサーキットにも峠にも顔を見せないことね。それと、」
きり、と『藤原拓海』に眼光を向けた。
「…あなた、よくもそんな成りで拓海くんを名乗れるわね。見なさいよあの愛らしい本物を!拓海くんは、素直で誠実で優しくていじらしくて健気でちょっと恥ずかしがり屋さんなのよ!私の心の癒しなの!藤原拓海がアンタみたいなブサイクだとどれだけの人の記憶に残ったのかと思うと…!!」
「「ヒィイイイイ!!!」」
天使が、悪魔になった瞬間だった。
「いやー、すごかったなあきらの啖呵!」
「あきらちゃん、アレはやりすぎだ」
「だぁってー…」
啓介の言う、骨の一本や二本なんて甘っちょろい。精神的に苦痛を与えたあきらの心は晴れていた。言葉巧みに痛めつける彼女の姿を見た史浩は、『ああ、やっぱり涼介の妹だなぁ…』と思ったという。
秋山兄妹、拓海とイツキも揃ってやってきたファミレスで、ひと騒動を終えたあとの寛ぎの時間。涼介へ電話で報告をしていた史浩はそのままケータイをあきらへ渡す。
『無事か?あきら』
「うん、へーき。スカッとしたよー」
『そのままヤツらに連れていかれでもしたら、オレは気が狂ってしまうところだったよ』
「ふふっ、お兄ちゃん大袈裟」
『オレが行って直接体裁を与えてやりたかったさ』
「お兄ちゃんが来てたらあの人たち二度と立ち直れないかもね」
あはは、と電話のふたりは笑っているが、鬼のような涼介を知っている史浩と弟は、聞こえてきた涼介の声に額に少し汗をかく。
かくして解決したニセ者事件。無事、プロジェクトD神奈川戦を迎えられたのだが。
「…ねえ、最近スタンドのお客さん、TRFカラー多くない?」
「明らかに増えてるよね、ファンの数」
スーパーGT第4戦目。スポーツランドSUGOの週末。チームカラーのコスチュームを着たTRFガールズたちは、グリッドでポーズを決めつつスタンドを気にしていた。
「序盤はミディアムのスリックでいきます。お天気予報が曇りの傾向なので、後半は浅溝に変えます。あと、レインタイヤなんだけど…」
間もなく決勝が始まる。ドライバーとピットクルーに本日のタイヤマネージメントを伝えているのはあきら。あのニセ者事件で凛々しい(?)啖呵を切った彼女に、峠にいたギャラリーたちはどうやら魅せられたらしい。スタンドにいるギャラリーたちは、やたらと目立つチームカラーのタオルマフラーを手に、あの日からあきらのファンになったのだとか。
「お客さんが増えていいことじゃない。スタンドで盛り上げてもらいましょうよ」
ギャラリーの目的は自分だということにまったく気付かないあきらは、笑顔でグリーンシグナルを見送った。
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いつから書き始めていたのか…ようやく完成です。春くらいからかな…?
かわいいダブルエースたちを守れて真ん中ちゃんはスッキリしました。AAのためなら小悪魔どころか悪魔になります。
テンペスト=嵐。ベートーベンのピアノソナタ17番より拝借。
2013,10アップ