きんぎょ


ふわふわ



ゆらゆら



まっしろの、しっぽ




おばあちゃんに買ってもらった浴衣に似合うように選んだ真っ白の兵児帯を、リボンのような変わり結びに。





今日は、夏祭りと花火大会。夜に間に合うように、お祭り会場の神社に程近い母の実家で、祖母に着付けをお願いするのは毎年のこと。今年は珍しく兄妹弟三人、予定が合った。いつも誰かが欠けていて(大抵お兄ちゃん)、揃うことは本当に稀。折角だから着てみたら、と祖母が言うので、今、お兄ちゃんと啓介は隣室で浴衣に着替え中。啓介は、浴衣を着るのを少し嫌がってたけど。


袂を少し直して、私はそろそろ完成。


「はい、おしまい。今年も良くお似合いよあきらちゃん」

「ありがとおばあちゃん。兵児帯も可愛くしてくれて嬉しい!」

「初めて結んだから自己流になってしまったけど。浴衣と同じ、金魚みたいで可愛らしいわ」


高校生の頃に祖母が選んでくれた、金魚模様の浴衣。薄いベージュ地に、赤、青、ピンクの金魚が悠々と泳いでいる。合わせ帯は、横縞が入った赤を、蝶々結びに。


「本当は、兵児帯って小さい子の浴衣に使うものなのよ。でも、こんな風に帯に重ねて結ぶのも素敵ね」

「おばあちゃんの着付けのセンスが良いから素敵に見えるんだよ」

あらあら、と、嬉しそうに笑ってくれた。おばあちゃんが嬉しいと、私も嬉しい。


「そうそう、車屋さんは上手くいっているの?怪我はしていない?」

「車屋さん…?」

「って何だよばーちゃん、チームのことか?」


襖が開いて、浴衣に着替えた啓介がけらけら笑いながら出てきた。

墨黒の布地に、深い黒の縦縞模様。同じ黒の帯には、さり気ない金の刺繍糸。少しだけ、着丈が短いようだ。


「車屋じゃなくて走り屋です。販売はしていないですよ、おばあさん」

「あら、失礼しました。それにしても涼ちゃんも啓ちゃんも良く似合うわぁ。おじいさんの浴衣残しておいてよかった」

ふたりともぴったりね、と、祖母は兄弟を優しく見つめた。


兄の浴衣は啓介と色違いで、こちらは白地に紺の縦縞が入ったもの。帯は啓介と同じ黒だが、金ではなく銀の刺繍糸。


「つーか、じーちゃんどんだけ浴衣持ってんだよ。オレとアニキの色違いじゃねーか」

「そうだな、帯もお前が金でオレが銀、FDとFCみたいで中々良い」

「本当、素敵よふたりとも。おじいさんがお仕事でなければよかったのに。見たらきっと驚くわ」


数ある祖父の浴衣から祖母がチョイスした二着は、ふたりにとても似合っていた。昔、祖父が着ていたというが、若い頃は背丈もあり、さぞ素敵だったのだろうと窺える。だって、孫がこうなんだもん。



「昔のものだけど、色褪せてないし、綺麗に残っていて良かったわ。来年はまた違う柄にしましょうね」

「ゲッ、来年も着るの前提かよ、歩きにくいぜー」

「今年はおばあさんに選んでもらったから、来年はあきらに選んでもらいたいな」

「えっ、わたし?」

「そーだ!アネキ選んでくれよ!そしたら来年も一緒に祭り行こーぜ!」


しばらくぼーっとしてたから、急に言われてびっくりした。

ふたりに目を奪われてた、なんて、恥ずかしくて言えない。


「あら啓ちゃん、嬉しそうね。私が選んだ浴衣がそんなに嫌なのかしら?」

「うっ!そうじゃねーよばーちゃん!」

「どうだ?あきら。来年も三人で一緒に行こう」


(オレはふたりだけで行きたいんだがな)


「っ…、お兄ちゃんっ…!」



兄に優しく腕を引かれ、耳打ちされた。



浴衣、少し肌蹴た鎖骨、柔らかい笑み。



それ反則、お兄ちゃん。




「あなたたちはいつまでも仲が良いのね。さ、そろそろお行きなさいな。涼ちゃん、啓ちゃん、可愛いお姫様を守ってあげるのよ」

「へへっ、もっちろん!」

「行ってきます」


私の右手にあった巾着は、兄の右手へ。

代わりに、兄の左手が私の右手へ。

私の左手は、弟の右手に納まった。

でも、これじゃ、



「『宇宙人連行します』みたいじゃないー!」

「そーだな!アネキちっこいもんなー!」

「こんな可愛い宇宙人なら大歓迎だ」

「うーるーさーいー!」

「そうだわ、あきらちゃん、ちょっと待って」


連行される私を祖母が呼び止めた。何やらうきうきと、小さな入れ物を持っている。


「少し香りを付けましょうか。ぐっと大人っぽくなるわよ」


花の香りの練香水を、少し指で掬い、耳の後ろにつけてくれた。

ショートボブの黒髪を右サイドに流して、耳の上辺りで結わえた先に、赤い花かんざし。

ゆらゆらと揺れる花から香る、やさしいジャスミン。


「いい香り…ありがとおばあちゃん」


どう?と、待っているふたりへ振り返る。

ふわり、ジャスミンが広がった。


「「…」」

「…な、なんでふたりとも無言なの」


(似合わないのかな、私に香水はまだ早いのかな…)


「こらお兄ちゃんたち、お姫様が褒めてほしいって言ってるのよ?ちゃんと伝えてあげなさい」

「あ、あぁ…その、なんだ、アネキ」

「…なによ」

「すまん、まだ言ってなかったな。浴衣可愛いよ、よく似合ってる」

「…えへへ、ありがと、お兄ちゃん」



こういうとき、早いんだよな、アニキは。

くっそ、オレだって、



「いいんじゃねーの?その香り。オレは好きだぜ」

「ほんと?よかったぁ」





甘い香りを纏ったアネキを、食っちまいたい。

オレが好きなのは、香りじゃなくて、

なんて本心は、言えなかった。

褒められて喜ぶこの笑顔を、今は見つめていたいから。




「おいで、あきら。ゆっくり歩こうな」

「転ぶんじゃねーぞアネキ」

「そんな子供じゃないですー!行ってきますおばあちゃん!」

「気を付けてね」







誰よりも 大切な人




手をつなごう やわらかい風が吹く













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JUDY&MARY散歩道、お借りしました。


今年は花火大会行けず、浴衣も着られず、だったので、代わりに着て頂きました。兵児帯、好きなんです。


自分で書いといて何なんですが、涼ちゃん、と書くと自分のことのようでくすぐったい。嬉しいような恥ずかしいような、涼介さんと同じ漢字なので…。



2012,8下書き
2012,9アップ