14
玄関の扉を開けると、自分の左腕とも呼べる仲間が居た。ちなみに言うと右腕は史浩である。
「おはようございます、涼介さん」
「松本?宮口もか。どうした」
「あれ、あきらさんから聞いてませんか?」
「いや、何のことやらオレには…」
完全にオフの今日、たまには家でゆっくりしていようと寛ぐ気でいた涼介にハテナが飛ぶ。すると自分の後ろから、ぱたぱたと軽やかな足音がしてきた。
「ごめんお待たせして!」
「いえ、今着いたばかりですから」
「おはようございます、あきらさん」
「……どういうことだ?」
中折れハットにブルーの半袖ブラウス。白いショートパンツに足元はイエローのウェッジソールを合わせたあきらが、玄関で身支度を整えて涼介へ振り返る。
「メカニック同士でお出かけなの!」
ぱあっと、花が咲いたような笑顔。愛らしい妹に弱い兄は、いくら信頼ある仲間だろうが一緒にお出かけなんぞ断じて許さんと言いたいところ、こんな楽しそうにしているあきらを止めるのも酷なので、ここは抑えることにした。
「あきらさん、涼介さんに伝えてなかったんですか?」
「あ、ごめん。お兄ちゃんになかなか会えてなかったから言うのが遅くなって」
「工具メーカーの展示会に行くんです。あきらさんのお得意先さんがイベントの主催で、松本さんと僕も招待されたんですよ」
「なるほどな。出かけるにしては珍しい組み合わせだと思ったぜ」
「お兄ちゃんも一緒に行く?」
「いや、パスするよ。メカニック同士で話すことも多いだろ。楽しんでおいで、あきら」
「それじゃ涼介さん、あきらさんお借りしますね」
「ははっ、まるでデートにでも行く言い方だな松本」
「お兄ちゃん、目が笑ってない…」
かくして松本の愛車に三人乗り込み、隣町のイベントホールへと向かう。
「私が車出してもよかったのに。お迎えありがとうね」
「せっかく誘ってくれたんですから。こちらが出して当然ですよ」
「そうそう、僕たちも使ってるメーカーだから、どんなイベントか気になってたし」
「ほんと?えへへ、ありがとう」
和気あいあいと進む車内。滅多に行動を共にしない組み合わせが新鮮で話が弾み、気が付けば会場の駐車場だった。
「TRFの高橋です。お招きありがとうございます」
受付で招待状を渡し、三人揃って入場許可をもらって会場へと進む。まずまずの規模のホールに、工具たちがひしめきあう。既にたくさんの客で賑わい、活気がいい。その中で、いつもセールスに来てくれる営業マンの姿を見つけ、あきらは声をかけた。
「やああきらさん、いらっしゃい!」
「お招きありがとうございます。友達も連れて来ちゃいました」
「大歓迎さ!気になるものがあったら何でもそこのカゴに入れていってね!」
セールスが指差す先には、この主催メーカーと同じロゴが入った買い物カゴ。どんどん買っていってくれと、ユーモアな会話に笑い声が上がる。
「じゃあ、一旦バラけましょうか。各自で見た方が集中して選べない?」
「そうですね。この規模のホールなら、どこに居るかすぐわかりますし。何かあったら声かけますよ」
「あきらさん、気を付けて。まわり男ばっかりですから。松本さんと僕で監視してます!」
「宮口くんそこまでしなくても…。」
松本・宮口と離れ、うきうきと工具を見て回るあきら。ふと顔を上げて来場者をぐるり見回すと、見知った顔がちらほらあった。学生時代の先輩後輩だったり、自分と同じプロチームの専属だったり。目が合う度に会釈や短い会話を繰り返している様子を、少し離れたコーナーから見ていたDの専属は、あきらの顔の広さに驚いたという。
「この会場だけでどれだけ知り合いが居るんですかね、あきらさんて」
「あれだけ精通していたら、そりゃ涼介さんたちも不安が尽きないよなあ」
嫁の貰い手は数多だろうが、それはあの兄弟が断固として阻止する未来が明確に見え、松本と宮口は再び物色を始めたのだった。
*****************
先日の金沢、スナップオンのツールショウにて。作中セールスのセリフはそのまんまです。初めてお会いしたのですが、気さくで楽しいお兄さんでした。
ヒロインちゃん→だんなさまポジです。トヨタエンジニアの皆さんがたくさんいらしてて、嫁は何度会釈をしたかと(笑)
2013,7アップ