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飴色のカウンター、アンティークゴールドの蓄音機、60年代のレコード。

てっきり大衆居酒屋を想像していたのに、なんとも小粋なことをしてくれる運転手だ。


「豪くんが女の子連れとはねェ」

「マスター、コイツにオレンジジュース」

「ちょっと」


顔馴染みで、まさか北条家御用達かと身構えていたのだが、「彼はいつもひとりで来てたよ」との初老のマスターの声で、きっと隠れ家のような処なんだと知る。

手元にはグラスがふたつ。

澄んだ琥珀と、優しい桃色。

シルバーのピックを刺したオリーブと、香り高いチーズ。

耳を撫でる、柔らかいジャズ。

一瞬の戦いに投じ、忙しなく動く世界とは真逆の、ゆるりとした時間。


「…なによ」

「…べっつに」


カウンターに並んで座り、間接照明に照らされる。付かず、離れず。この椅子の距離が、あきらとの関係のよう。縮めたい。豪はそう思って連れ出した。今日、こそはと。



『特定の男はいないらしい』

涼介が言うのなら間違いないだろうと、後輩を慕う兄が言う。何を思ってオレにそれを言ったのかなんて明白だ。アニキの頭はわかりやすい。

純粋に車を楽しむ心を取り戻し、しばらくして富士にも戻った。夜の峠で高橋啓介に負けたとき、あきらはオレに微笑んだ。『凄かったよ』『残念だったね』などと陳腐な慰めじゃない。


『待ってる』


未来を期待した明るい笑みだと、オレは思ったんだ。



「なあ、あきら」

「んー?」

「わかってたの、オレがまた走ること」

「…たぶん」


あきらは、オレがアニキと一緒に富士を走っていた頃を知っている。しかし、あきらと仲良くなったのは専らオレで、アニキとは面識がないに等しい。神奈川の一戦で、涼介から紹介されていたくらいだから。


「お兄さんと、あれから会ったりしてるの?」

「まあ、ほどほどに」

「そっ、か。ふふっ」


スプモーニのグラスが揺れる。


「んだよ、気持ち悪ィな」

「啓介と走ったあとの豪ね、いい顔だったから。だから富士に来るんじゃないかって、思ったの」


もう眉間にシワ、ないもんね



こつん、指が額に触れた。


「楽しかった?」

「まったく凄いご兄弟で」

「そちらもでしょ」


橙色に照らされたあきら。

耳にかけた艶髪。

弧を模した笑う瞳。

カクテルで濡れる口唇。


からん、

オレのジャックダニエルが声を発する




「ご、ぉ?」



「好きだ」



オレを見てくれるあきらが好きだ

待っててくれたあきらが好きだ

アイツら兄弟の好きなようには、させたくねェ


身を乗り出し一気に縮め、正面からキスをした。

泳いだ黒目に映るのはオレだけだ。


車内で触れた頬にも、ひとつキスを。


「キレイな心のあきらが好きだよ」







「で、持ち帰らずにチームまで返したのか。そのまま送り狼になればいいのに」

「うっせアニキ」

「はっはっは、甘いなあ豪は」




キスしたあとのあきらの瞳には、オレしか映ってなかったんだ。それだけで今は幸せなんだからいいじゃねェか。





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兄弟の確執がある頃、豪は以前より富士に行かなくなったと思うんです。たまに見かけたと思ったら全然笑ってない豪に真ん中ちゃんは心配していて、会っても会話にならないくらい冷めてる豪から、彼女も少し離れるようになります。月日が過ぎ、Dが発足。神奈川戦の相手が豪と知り、真ん中ちゃんは駆けつけます。その後の豪は原作通り。啓介グッジョブ。

凛さんとのことは、落ち着いた頃に豪から少しずつ話してくれるといいな。ID.とこちらは、そんなときのお話です。


北条好きだー!

2013,8月アップ