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「拓海くん、これよかったら使って」
高橋邸で行われていたダブルエースの勉強会。今日はここまでと打ち切ったとき、あきらが自室から持ってきたA4ファイルを拓海に手渡した。見覚えのあるものだった。
「あきら、それは」
「ふふっ、懐かしいでしょ」
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「はぁ…もう、わかんない…」
それは、あきらが19歳の冬。進級を兼ねた技能試験。整備実技はほぼ大丈夫だと、指導教官からありがたい言葉をもらった。ここまではいい。
筆記試験の範囲が広すぎるのだ。高校生までの進級試験と違うところは、自らが天職と選んだクルマの試験だということ。高校生の試験より圧倒的にこちらの方が楽しいし好きだし、どんな範囲であろうが乗り越えられる自信があった。しかし、
「テキスト3冊分かー…終わる気がしないよ」
それぞれ厚さは5cmほどのテキスト。電気系、足回り、エンジン、ボディ。一通り頭に入ってはいるものの、どの項目がどれだけの量で出題されるか皆目見当がつかないので、テキストを読み込むしか方法がなかった。とりあえずは、テスト勉強=過去問を解く、という王道な方法を試していたところなのだが。
「あ…違う。ここも…。ええ〜、なんで」
大学専用のネットワークから過去問を引っ張り出して、ウェブでのマークシートを見返す。正解率、7割程度。これじゃいけない。
「どうしたあきら、唸り声なんか出して」
あーとか、うーとかの声がしたのであきらの部屋を見に来た涼介は、ふわふわのラグにぺたりと座り、ローテーブルに肘をつけ、PCとにらめっこをし、参考資料を開いたり閉じたり弄ぶ妹を見た。
「72点か。これはまた珍しいな」
テーブルに突っ伏して困った顔だけをこちらに向けたあきら。わかりません、と目で訴えている。
「さっきから何度か過去問やってるの。今のが最高点…あーどうしよう…」
「進級にはどれだけ点が必要なんだ?」
「これでも及第点だけど…今までの筆記で一番低いんだもん、それだと自分で納得がいかなくて」
入学以来何度か行われてきた定期試験は、春ならエンジン、夏には電気系など、その時期に学習した分野で出題されていた。言わば中間テストのようなものである。どの定期試験でも90点以上は確実、実技の評価は『優』で項目が埋まるあきら。大好きなクルマのことを誰よりも理解していたい気持ちの表れだろう。だが現在年度末、いわゆる期末テストに当たる進級テストで、入学以来初めて詰まってしまった。
「学年の総まとめなんだから範囲が広いのは当然だし、思わぬ問題で点を落としてしまうことだってあるさ。出題側はそれを狙って、生徒の学力を図っているんだろ。だけど成績が秀でたあきらにしては、過去問のコレはちょっと低いな」
過去問と手元のテキストを見比べ、よし、と思った涼介は、テーブルにあるルーズリーフに走り書きをしていく。手助けが出来るかもしれない。専門分野が今後さらに特化していくと、さすがにそうも言えないだろうが。
「あきらのために特別メニュー作ってやるよ。30分くれ。その間もう一度テキストを読んでおくこと。もちろん3冊分な」
「ええっお兄ちゃん?!」
妹が学んだ年次の内容と過去問の難易度。それらに合わせて、サーキットや峠で自分が経験して学んだ構造や理論を組み込んで問題を作る。涼介オリジナル、あきらだけのペーパーテストが仕上がった。
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「作ってもらった問題、あれから結構な枚数になったよね、2年分くらい」
「過去問を解くだけじゃ面白味に欠けるからな。いろんなパターンで勉強したほうが楽しいだろ?」
「お兄ちゃんだって忙しいのに、ホント助かっちゃった。ペーパーテストがだんだん増えて、まるでドリルみたいだったもの」
「藤原から返ってきたらあのファイルに書いておけよ、『涼介ドリル』って」
「えーどうしようかなぁ」
(テーブルに並んで、くっついて、ちょっと休憩とか甘えたり、問題について口論して喧嘩になっちゃったり)
(PCを見るときだけ使うメガネ。その横顔を見つめてみたり)
(テキストを使う指先、こんなにキレイだっけと見惚れてみたり)
(お兄ちゃんに教えてもらいながら勉強したあの時間が、今はもうないのがさみしい)
(私だけの、特別な家庭教師。いつかまた、教えてくれないかな)
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補足:大学の制度について。
年次進級試験→二級整備免許→年次進級試験→一級整備免許、で、4年制。
あきらちゃんだけの涼介先生。去年書けなかった『イイニイサンの日』です。メカニックへの夢のため、お兄ちゃんが力を貸してくれました。
2013,11,23アップ
おまけ↓
「あきらさん、コレありがとうございました」
「少しでもお役に立っていたら嬉しいな、拓海くん」
「はい、もちろん。整備士さんの基礎みたいな問題もあったし、難しいのもあったんですけど、順番に解いていったらなんとか」
「そっか、よかったぁ」
「あの、気になったんですけど…。最後に書いてあるコレって…、もしかしてこの問題、全部涼介さんが?」
「あ…、ふふっ、実はそうなの。大学2年の頃ね、これは」
"二級整備、主席で取ったよ!お兄ちゃんのおかげだよ、ありがとう!"
おしまい