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大学の同窓会を兼ねて、かつての友人たちとやってきた地元のプール。せっかく夏なんだからはしゃぎたいよね、と最初に言ったのは誰だったかまったく記憶になく、予定が決まったら決まったで楽しみでたまらない。かつての友人=自動車整備士または技術者な女子ばかりで、いつもオイルまみれで頑張ってるんだからひと夏の思い出くらい欲しいよねと、車以外の恋人をあわよくばゲット出来ないかと期待しているらしい。

急に決まったイベントのため、新しく水着を買いに行く時間がなかったあきらは、去年のを着回すことにした。また近いうちにきっとプールへ行くだろうから、新しいのはその時にしようと決める。友人たちと決めた日が明日になった晩、クロゼットから必要なものを取り出し、もしも合わなかったらどうしようという不安をなくすため、とりあえず試着を試みた。

ホワイトをベースに、ライトブルーとディープブルーとネイビー、ブルーのグラデーションボーダーが涼しげで夏らしい、ホルタービキニ。ボトムのフレアミニスカートのサイドにネイビーのリボンがちょこんと付いたキュートなもの。去年は難なく着られたけれど果たして如何なものかと思うも、それは杞憂に終わる。ひとつ歳を取った自分には可愛すぎるだろうかという不安も、ふと思い出した大好きな兄の去年の言葉で自信に変わった。


「…かわいいって、言ってくれたもんね」



かくして市街地には最悪でもプールには最適な猛暑日、うら若き女子五人がカラフルな水着できゃいきゃいと遊んでいたのだが、どうせ捕まるならもっとまともでいてほしいと願ってしまうほどの男性数人に言い寄られてしまった。要は遊んでそうなチャラ男である。いかにもココで獲物を狙っていましたと言わんばかりのニヤケ顔に、せっかくみんなで楽しく遊んでいた気持ちが急降下だ。やってられない、と溜め息をついたあきらは、この場を離れたくて友人らを促す。と、


「へえ、後ろ姿もめっちゃスタイルいいじゃん、ボーダーのお姉さん」

「つかマジかわいいっすよねー!オレ、お姉さんがプールサイド歩いてるトコ見て、声かけてェ!って思ったんだ」

「……それはどうも」

「キミたちってカレシいんの?オレらに物怖じしてないからさー、そこんとこ教えてくんない?」


男を前に猫を被る必要などなかった学生時代の私たち。猫を被るための時間があるならエンジンの構造を覚えたい。それも男子生徒より早くに。


男たちを退けて成績を上げてきた私たちにとって、男に物怖じするとは笑止だ。これ以上コイツらといるのはただ疲れるだけなので、全員が呆れたその時あきらはこう言った。


「似た者同士でつるむヒマがあるなら、そのヒョロい身体に筋肉付けたら?ガリガリの男になんて、私たち抱かれたくないもの」


どす黒い笑顔で放ったあきらは振り返り、友人とプールサイドを歩き出した、そのとき、


「言ってくれんじゃん、お姉さん」

「カワイイ顔でキツイな〜、でもオレ、マゾっ気あっからそんな女のコ大好きなんだよね」

「オレたちに筋肉あるかないか、試してみる?」

「っあきら!」


ぞわり、悪寒が走る。


手首、腰、顎をそれぞれ取られ、チャラ男三人に一気に距離を詰められる。気持ち悪い悪寒に耐えられず、あきらの何かが切れた。


「「あだだだだだ…ッ!」」

「……何処に筋肉があるって?」





「…あきらって確かさ、」

「そうそう、握力50キロ近くなかったっけ」

「あ〜、春の身体検査でスゴかったよね」

「そこいらの男より強いよね、マジ惚れるわー」


ただのヒョロいチャラ男なんぞ、高橋あきらにはモヤシ同然、いや、美味しいモヤシに対して失礼である。多勢に無勢で礼儀のない輩など、あきらにはカスでしかない。日々車をいじっていると、自然に増えた自分の握力は、同年代男子の平均に並ぶもの、もしくはそれを超えるものだった。手首と顎に添えられた穢らわしい手を潰し、腰に触れる男の足を払い地に伏せた。


「……目障りだ」


確か啓介が言っていた。アネキはマジで怒るとアニキそっくり=冷徹な眼と反論出来ぬ声色、だという。

友人が呼んだらしい監視員にことの事情を話し、処置を任せると、けろりといつものあきらに戻り、愛らしく可憐な笑顔を友人らに向けた。

その後何事もなくプールを満喫し、水着で写真撮ろうとスマートフォンのカメラをセルフシャッターにする。仲良し五人の夏の思い出がひとつ納められた。






後日。

プール仲間の友人が、Dのプラクティス中に赤城へやってきた。どうやら荷物の中にあきらの私物が紛れていたらしく、届けに来てくれたのだとか。


「私、あきらの友達でナナと言います。これ、彼女に」

「ああ、渡しておくよ。わざわざありがとう」

「いえ。あきらに聞けば今日は神奈川だって言うし、お宅に行ったらどなたもご不在でしたから、もしかしてココかなって」

「ははっ、正解だよ。プールは楽しかったかい?珍しくあきらが日焼けしていたから、相当はしゃいだんだろう」

「え!ええ、まあ…」


プラクティスの合間、涼介に声をかけたナナは、あの一連の事件を思い出して苦笑い。ウワサに高いお兄様にアレが知れたらあきらの身が心配だと、咄嗟に話題を変えた。


「えーっと、集まったの久しぶりなんで、みんなで写真撮ったんですけど、見ます?」

「写真…だと?」


ナナのスマートフォンを手にした涼介は、切れ長の瞳をより鋭くさせた。スライドする指が、今度は拡大と縮小を繰り返している。誰かにカメラを任せて撮った全身写真と、やや上から俯瞰気味のアップ写真。上から撮ることであきらの胸の谷間が水着からくっきりと浮かぶ。カメラに向けた可愛い笑顔がまるで自分を見ていると勘違いの涼介はたまらず、

「ところでナナさんのコレ、赤外線は?」

「あ、大丈夫ですよ。送りましょうか?」

「ああ頼む」

「(……こりゃ相当愛されちゃって大変だね、あきら)」



それから夏の数日間。

涼介の待受画面には、友人らと撮ったはずの写真から切り取られトリミングされたあきらが、画面ごしに眩しい笑みを涼介へ向け、勉学とDで忙しい兄を癒しているとかなんとか。啓介にも見せず、自分ひとりの宝物と化したその画面を唯一見た史浩は、推しメンのグラビアかと突っ込んだ。






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8月の職場定休日に、部署違いの友人ら5人でプールに行こうとプランを立てたので楽しみすぎる勢いで書いてみました。

真ん中ちゃんには、ある程度の護身術は備えていてほしいなと思います。

2013,7アップ