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※365小ネタ6月『夕立、空の青』→main県外『しろとくろ』中里視点






あなたはわたしの一等星

踊りましょう、一緒に

あなたはわたしだけの星なの

輝いていて、ずっと




中里毅は悩んでいた。

自分は、碓氷の片方に恋い焦がれていたのではないかと。

しかし先日行われた赤城での群馬対栃木戦にて、『この気持ちは何だ』と心臓が煩く跳ね上がったことは確かなんだ。




彼女に出会ったのは、その赤城が初めてではない。酷い夕立のとき、横川SAで見掛けた初代ランエボ。その車体に似つかわしくない小柄な彼女が雨の中傘を差し、自分が雨宿りしていた併設のコーヒーショップへやってきた。そこで、目が合った。ただそれだけなのに、爆弾が落ちたような衝撃だった。

二回目に見掛けたのが、先の赤城だ。横川での初見の予想が当たり、まさか彼女も走り屋だったのかと嬉しく思ったのは、ほんの数秒だった。高橋涼介と須藤京一のバトルを見届け、一言勝者に声をかけようと、慎吾とスタート地点へ向かった矢先。


「お兄ちゃんの…っ!ばかぁああ!!」


オレに微笑みの爆弾を落とした彼女が、高橋涼介と、き、きっ、キスをしていたんだ。恋人だったのかと愕然とした。しかし周りから『相変わらず仲が良いよなあ涼介さんとあきらさんの兄妹』という呑気な声がする。そ、そうか、あれは兄妹のスキンシップか…。




……って兄妹、だと…!!?




……オレは、とんでもない彼女に惹かれてしまったようだ。また違う種の爆弾が落とされたが、最初に出会った印象がそれより強く、忘れられない。彼女は普段どこで何をしているのか知らないが、チューンドに乗っているならきっと峠にいるだろうと思い込み、兄弟の高橋涼介と啓介が好む秋名や赤城を中心に数日かけて探していた。

彼女と直接話してみたい。会ってみたいと想いを込めて。





走り屋で集まる週末に限らず、中里は平日にも山々へ訪れた。ある日は昼に、ある日は夜にと、時間も変えて。努力が実ったのは、水曜日の夜だった。



「あきらー、次、お前出るか?」

「うーん、後でいいや。さっきフロントから異音したから調べたいの」


秋名山。

涼介と啓介とも予定が合わず、(きっと怒られるだろうが)ひとりでやってきたあきらは、拓海を誘って来れば良かったかもと後悔したけれど、偶然いた大学の友人数名と共に過ごすことに決めた。


「そういやあきら、涼介さんたちは?」

「今日はふたりとも予定ありで来てないよ」

「ええーマジかよ。あきらが来るなら絶対一緒かと思ったのに」


残念がる彼らに苦笑して応え、異音がした場所を調べるためにボンネットを開ける。兄弟のドラテク見たかったよなあと呟く学友らは、自分たちのタイミングで夜道を駆け下りて行った。

異音を断定するためにエンジンを吹かせ、だいたいの位置が把握出来たので作業に取り掛かる。時間はかからなそうだ。



(お兄ちゃん、か…)



お兄ちゃん

京一さん


どちらも、わたしの一等星




『あなたはわたしの一等星』

『踊りましょう、一緒に』

『あなたはわたしだけの星なの』

『輝いていて、ずっと』






中里が青を見たのはこれで三回目だ。

仲良く会話していた男たちが離れたときに、彼女へ近付くと。



(歌…)


流暢な英語が聞こえてきた。つなぎ姿で、ボンネットを開けて、軍手を汚しながら歌う、彼女の声。



「『あなたは、わたしだけの………』あら、こんばんは」

「あ、ああ。こ、こんばんは」


作業と歌を止め、こちらを見る瞳。闇夜でもわかる、大きな黒目だった。


「もしかして、あちらに停まってる32のドライバーさん?」

「え、ああ、そうだが…」

「さっきここへ上がって来るの見えたから。いい音してますね」

「そ、そうか…。ありがとう」

「……あの、何か私にご用でしょうか…?」


中里は詰まった。

そうだ、会って何をするのか。いや、話してみたいとは思ったが、内容をまったく考えていなかった。こんな時は慎吾なら機転を効かすだろうが、如何せん女性に慣れておらず、気の効く言葉が出てこない。自分は奥手ではない…はずだ。


「あの…?」


近くで見ると本当によくわかる。黒くて大きな丸い瞳が、きょとんと見つめてくる。傍で重低音エンジンが鳴り、手には工具。作業用つなぎと汚れた軍手。可愛らしい顔立ちに相反するそれらとのギャップが、中里の胸を掻き乱した。


「……オレは、妙義の中里毅だ。こないだの赤城戦で、アンタを見掛けたんだが」

「赤城…、FCとエボVの?」

「突然現れただろう、その青いランエボで。中腹でギャラリーしていたら、上って行くところを見たんだ」

「っ……あれは、その……」

「この車体であのコーナー処理は驚いたぜ。アンタちっちゃいのにスゲェんだな」

「ち、ちっちゃいは余計です……!」


女性が喜びそうな言葉を中里は持ち合わせておらず、峠においてまず間違いのない共通事といえば、車のことしか思いつかない。しかしそれが効を成して、初めての会話が徐々に弾んでいった。


「あ、私、名乗っていませんでした…ごめんなさい。高橋あきらといいます」

「知ってる。高橋涼介と啓介の兄妹だろ」

「う……あんまり拡がってほしくないのに…」

「仕方ないさ。アイツらが有名すぎるんだ」



峠にいるときは警戒心を持てと兄弟から口煩く言われていたあきらだが、無愛想だけれど優しい人柄の中里に心を許し、彼の前でよく笑う。


「さっき、何を歌っていたんだ?」

「え、聞こえてました?恥ずかしいな…」

「いや、上手いと思ったからさ…」

「……誉められると調子に乗りますよ?私」


ガードレールに寄りかかっている中里へ、いたずらっ子のように笑いかける。女性が近くにいることも、見つめられることにも不慣れな中里はたじろいだ。こほん、と咳払いをひとつこぼす。


「ユーロビートですよ。スーザン・ベルの」

「ユーロ…」

「D1とか、サーキットでよく流れてて。好きなんですこの歌」


無意識に口ずさむんですよと、さっき聴いた一節を歌う。周りにいる走り屋たちのエキゾーストでそれはかき消されてしまうだろうけれど、あきらの隣にいる中里だけにはしっかり届いたその声は、あきらと初めて話したその日以降、中里の心から失くなることはなかった。





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スーザン・ベルのmy only star、Dのユーロで一番好きなんです。元気になれる。真ん中ちゃんのイメージソングに近いかもしれません。

中里すまん。きみが惚れたあきらちゃんにはライバルいっぱいだから覚悟して惚れてくれ…!



2013,8月アップ






おまけ



「えっ!中里さんて20歳なんですか!?」

「……いくつに見えてたんだ?」

「…私より…歳上かと…」

「…ん?ちょっと待て、今の会話だと、アンタもしかして、」

「……22歳ですが、なにか…?」

(……!見えん…!てっきり高橋兄弟のずっと下だと…!)

「あーその顔!絶対歳下だと思ってたでしょ!中里、"くん"!」

「え、いや、す、すまん、あ、すみません。えっと、高橋、さん…!」

「…ふふっ、ごめんなさい苛めちゃって。あきらでいいよ。苗字だと堅苦しいから」

「…じゃあ、あきらさん、でいいですか?」

「よろしいです。お知り合いになれて良かったわ。仲良くしてね?」





おしまい!中里の顔まっか!

(妙義&碓氷は4人とも20歳であってほしい私の希望)