11月22日


「じゃあ、行ってくるわね」

「何かあったら連絡するんだぞ」

「楽しんできてね、いってらっしゃい!」





玄関ポーチで、お決まりのような挨拶を両親に向け、手を振って父のクラウンを見送った。



いつ、誰が始めたことなのか、今日は「いい夫婦」の日らしい。病院勤めの両親にはカレンダーなんて存在しないと思っていたけれど、今日は違うようだ。珍しく夫婦揃っての休暇、一泊で、温泉旅行に出かけて行った。お土産なにかなー、なんて、今出かけたばかりなのに、そんなことを考えながら、リビングへ戻る。



朝九時。



よし、いい加減起こそうか。









「お兄ちゃん、起きて」



昔から、入るときはノックをしろと常に言われているせいか(私よりも啓介に言ってよ)、寝てるだろうけど律儀に叩いてみた。

思った通り返事がなかったのでドアを開けた。

カーテンの隙間から、柔らかい陽射し。

ベッドに近づいて窺うと、頭まですっぽりくるまった、大きなかたまりが。



「もう九時だよ、朝ごはん食べよ?」


カーテンを思いっきり開けて陽射しを部屋に連れ込んでも、大きなかたまりを揺すっても、


「おーきーてー!」



まるで起きやしない。

こんなに朝弱かったっけ、と思いながら、「朝ごはん作って待ってるね」と言い残し、部屋を出た。










さあ、勇気を出して乗り込もう。


「………ここは合戦場かしら」


ここしばらく入ってなかった、啓介の部屋。足の踏み場もないって、字の如くだわ…。見慣れた黄色いものがあちこちに置いてある。何故、こんな大きいものまで部屋にあるんだ、ガレージじゃないのか。


「……まだ取ってあったのね」


土坂峠でやらかしたと聞いた、フロントバンパー。


「今までずっと一緒だったもんね、大事にしたい気持ち、わかるよ」


FDのバンパーに触れながら持ち主のベッドへ目をやると、羽毛布団が盛り上がっているだけだった。


「あれ、啓ちゃん?」


両親を見送ったとき、ガレージには黄色いあの子がしっかり見えた。リビングにも当然いなかった。


「身ひとつでどこに行ったんだろ」


コンビニでも行ったのかなと呑気に考え、三人分の朝食のためにキッチンへ降りた。






昨晩電気を消し忘れたかと思うほど、部屋の中が明るかった。

目を開けた途端に受ける秋の陽射しに、涼介は眉間にシワを寄せた。


「……あきらか?」


薄らだけれど、妹の気配を感じる室内。カーテンを開けたのは恐らく彼女だ。


「せっかくのオイシイ朝、だったのにな」


目覚めてすぐ見るものが、愛しい妹だなんて。それを見逃す自分の低血圧ぶりに、苦笑した。起こしに来てくれた彼女に、朝の挨拶を。身体を伸ばし、涼介は部屋を出た。












ご近所から頂いたの、と母から聞いた、地物のしめじ。人参、白菜、厚揚げを、昆布で取った出汁に入れて、煮立てること数分。具沢山のお味噌汁、上手く出来たようだ。


「卵焼き、いくつ割ろうか…」


卵パックを手に、あきらは悩んでいた。


「よし、とりあえず、」


妥当に考えて割った卵三つと、少しの砂糖をボールで撹拌させる。四角いフライパンに少しずつ流し入れ、火加減を窺っていた。







(……可愛いな…)


階段を下りてリビングからキッチンを覗くと、シンクに立っている妹の後ろ姿が見えた。少々イタズラしてやろうと、気付かれないよう足音を控え、彼女に近づく。赤と黄のネルシャツワンピースの上から、青いドット模様のエプロン。柄と柄の派手な組み合わせに休日ならではの『手抜き』を感じ、微笑ましくなる涼介だった。



「あきら」

「わっ!びっくりした!」


包丁から手を離したところで、ふわり、後ろから包みこんだあきらから、鼻をくすぐるやさしい香り。


「おはよう、あきら」

「おはよ、お兄ちゃん。やっと起きたの?」

「さっき起こしに来てくれたんだろ。ごめんな、目が開かなかった」

「ふふっ、お寝坊さん」

「朝食、手伝おうか?」

「んーん、もう出来上がるから座ってて。コーヒー飲む?」

「ああ、頂こうかな」








(…………なんか、この感じ、照れる……)







「あきら」

「なっ、なに?」

「何だか、夫婦みたいな会話だな、今の」

「へっ!!!???」



(な、ななななな)




味噌汁の味見をして小さく笑う横顔や、玉子焼きを綺麗に焼こうと一生懸命な目や、背伸びをして戸棚から皿を出している、そんな、ひとつひとつが




「あきらが愛しいと、常々思うよ」



だから






「一緒に住まないか。ふたりだけで、どこかに」



「おにい、ちゃん……っ」

「いい加減、あきらを独り占めしたいんだけど?」

「っ……」




先程あきらが出してくれたコーヒーが段々と温度を下げていく。

それに反して、彼女の心の温度は、上昇していた。



「あきら、返事は?」



今度は正面から抱き締めた。


キッチンのシンクに追いやり、逃げる場所を与えない。


潤む黒い瞳に吸い寄せられ、



キスを、







「はいストーップ!!!」





「!!!?」

「…………啓介」

「オ・レ・が、居ない間にアネキにナニしようとしてたんだよアニキ」

「もう少しだったのに……邪魔しやがって」

「アネキを独り占めしたいのはオレも同じだっつーの!ズリィことすんなよなー!」

「け、けけ、けけ…!」

「ぷっ、どうした?アネキ」

「啓ちゃんいつから居たのっ!!!???ってかどこまで見たのっ今までどこに居たのっ!!!???」

「落ち着けあきら」

「アニキがアネキ抱き締めたあたり?夫婦みてェな会話してたよなァ。ついでに今までオレは朝のロードワークでしたー」

「結構、序盤から居たんだな、お前」

「アニキの出方を窺ってだんだけど、さすがにさっきのキスは止めさせてもらったぜ」

「この野郎。いい所だったのに」

「アネキはアニキだけのモンじゃねェもんなー、オレだってふたりだけで…………アネキ?」




「…………い」


「あきら?」





「いい加減に……ッッしなさあぁあああい!!!!!!!」


真っ赤な顔で、長女は爆発した。







「もうッ!朝ごはん食べるの食べないの、どっち!!??」

「「……食べます」」

「啓ちゃんはさっさとシャワーしてくる!お兄ちゃんはお茶碗の準備!」

「「……はい」」









うれしい


そりゃ、うれしいよ


大好きな兄弟に、一緒に居ようって、言われて






ただ、




好きだ、とか



愛してる、って



照れちゃうの、まだ




心の準備ができるまで、もうちょっと、待ってね






「…………決められない、もん。ふたりとも、大好きだから」







照れくさくて、小さな小さな声で呟いた。




兄弟の、あきらへのプロポーズは





延長戦へ



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涼介さん寄りなのは家主の趣味ですスミマセン!


いい夫婦の日、皆さまいかがお過ごしになりましたか?家主はしっかり仕事でした(笑)



2012,11,24アップ(間に合わず…









おまけ!






啓介リクエストの焼鮭を食卓に追加して、漸く、いただきますをした兄妹弟。


「なぁ、もし俺が帰って来なかったら、マジでナニしようとしてたんだよアニキ」

「キスだけで終わるはずないだろう、俺のベッドに優しく寝かせてセッ「わあぁああああ今日はお天気がいいねぇえ!!!!予定ないならどこか出かけようよ三・人・で!」





おそまつ!