たびだち
お兄ちゃんの、公道最速理論が完成したあれから、五年が経ちました。
医学部を卒業したお兄ちゃんは、研修医としてお父さんの元に就き、忙しなくも日々充実しているようです。時々、おじいちゃんもやってきては茶々を入れ、様子を見に来てるみたい。
啓介は去年国際B級を取って、今年、A級の試験を受ける予定。プロ入りしてまだ若い啓介だけど、公道を走ってきた実績があちこちで評価され、かつ良いチームにも出会ったことで着々と成績を伸ばしてる。私とカテゴリが違うから、直接やり合うことはない。それが、半分嬉しくて、半分、残念。
私は、次の春に向けて、旅立ちます。
「と言っても一ヶ月なんだけど……」
「国内にいない時点で大問題だ」
「白紙になんねェのかよアネキ」
今更何を言うのだ、特にこの弟は。
「今ここがどこだかわかって言ってる?啓ちゃん」
成田国際空港、搭乗口前。
搭乗時間までもう少しあるからと、兄妹弟で話し込んでいたのだが。
「ドイツに着いたら、時差なんて気にせずすぐ連絡しろよ、あきら」
「わかってます、お兄ちゃん」
「あーオレも一緒に行きてー!」
「啓ちゃんは春まで課題あるでしょ?シーズンなんてすぐにやってくるんだから」
GT300の参加から始まり、長年お世話になったチームを卒業して、ワークスチームがひしめき合うGT500に今春から移籍になった私は、ご縁があって、自動車大国ドイツへ短期研修を受けることになった。というのも、現チームのエンジン提供がかのMC社で、『ウチのエンジン知識を現場で叩き込んで来い』と送り出されたためだ。メカニック冥利につきる待遇である。
「一ヶ月なんてすぐよ。勉強時間としては短いくらいだわ」
本当はもっと長く、現地にいたい。
「頑張り屋なのは昔から変わらないな、あきらは。まあ、そこが好きなんだけど」
「オレは寂しくて死んじまうよ……」
「もう、啓ちゃんたら」
末っ子パワーを発揮してきた弟に手を伸ばし、ふよふよ揺れる金色を撫でた。
「いい子にしててね啓ちゃん。春に向けて頑張るのよ」
「……頭じゃなくて、ぎゅ、して?アネキ」
「ふふっ、甘えんぼ」
背の高い君は、私の顔を見て話してくれる
背中まるめるその仕草が好き
「いってらっしゃい、アネキ」
「いってきます、啓介」
「無理するなよ、頑張り過ぎて倒れないようにな」
「私が倒れたら、お兄ちゃんが介抱してくれるんだよね?」
「……さすがにオレはドイツに着いて行けないな」
「…電話するから、声で、癒して?お兄ちゃんの声ってすごく安心するの」
「仰せのままに」
搭乗時間のアナウンス
「しっかりな、あきら」
「帰りも迎えにくるぜ、アネキ」
「ありがとう、お兄ちゃん、啓介」
出発前に、武運を祈った、二人からのキス
ずっと一緒にいて馴染みすぎたやさしい匂いから、暫し、遠ざかる。
「いってきます!」
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家主、カナダへ旅立ち前の気合いを込めて書きました←
車の世界って冬の間はトレーニングとか事務作業とか会議とかで何かと忙しそうですね。F1、2013ストーブリーグ、波乱。マクラーレンの秘蔵っ子が何故にメルセデス……!(昨年秋の発表から私ハラハラドキドキ)
ちなみにヒロインちゃんの研修先のMC社=メルセデス、です。
2013,1アップ