未知への飛行


新緑が眩しい初夏の頃。木陰の中はひんやり肌寒く、まだジャケットやカーディガンが必要なほど。旧軽井沢の表通りから少し離れた森の中。ログハウスのオープンテラスでお茶をたしなむ彼女らは一見、普通の、年頃の女性。


「ハンドル握ると性格変わるオトコってイヤよねー」

「うーん、わかるなぁ。自分の命を預けてるのに乱暴な運転はダメだよね」

「…私も性格、変わっちゃうんだけど沙雪。知ってるでしょ」

「アンタは違うじゃん真子。フツーの女子から凄腕のレーサーになるだけだもん」

「それもかなりすごいことだよね沙雪ちゃん…」


木立ちから漏れる陽射しは真夏のものより随分と柔らかい。ラウンドテーブルを囲う三人は、クルマと峠を通じて仲良くなった。碓氷の真子と沙雪。自チームの監督が公道レーサー時代に駆け抜けた碓氷峠とはどんなものかと試しに来たあきらを、同じ女性レーサーとして快く迎えてくれたふたり。歳も近く、初対面から会話が絶えなかった。群馬と長野の県境へ高崎から向かうには多少時間はかかるものの、元来クルマ好きなあきらにはどうってことのない距離である。大切な友人に会うためならば、短いものだ。


「拓海くんとバトルしたのがもうずっと昔に思えるよ」

「あれって、いつだったの?そう言えば詳しい話、あんまり聞いてなかった」

「プロジェクトDの前の年じゃなかったかしら。もう二年前になるのね」


すべてが終わってから季節がひと回りした初夏の日。プロになった真子とあきらのレースが落ち着いたら会おうと沙雪から連絡が入った。観光客が少ない平日を狙って訪れたのは、グリーンシーズンの軽井沢。今季のレースが始まってから人と会うとすればチームメンバーばかりだったあきらにとって、久し振りのオフでの外出、しかも女の子同士で会うとなれば必然、身だしなみに気合が入るものだ。ストレートボブをくるりと巻いて、早く着たくてたまらなかったお気に入りのサマーワンピースにワンウォッシュのデニムジャケットを羽織る。ライトオンスの軽さが丁度良く、涼しい木陰でも快適なジャケットだった。着てきて正解と、しゅわしゅわ弾けるライムミントを手にした。


「二年かあ…イロイロあったけど、なーんでカレシが出来ないのか不思議でならないよ」

「沙雪ちゃんは高望みしすぎなんじゃない?」

「『自分よりドラテクが上じゃないとダメ。ただしイケメンに限る』、でしょう?」

「やっぱり拓海くんよね!もしくはあきらんトコ!」

「もう、すぐそうやってお兄ちゃんたちを引っ張り出すんだから」

「でも、あの三人を振り向かせるには強敵を倒さなきゃ。ね、あきら」

「え?」

「そーだった。涼介サンたち、あきらしか見てないもんねー。ったく溺愛されちゃってさ。アンタに敵うワケないじゃん」


テーブルに頬杖をついた沙雪が、赤いルージュの口唇をぷっくり膨らました。グラマラスボディに反した子供っぽい仕草が可愛らしい。三段重ねのケーキテーブルから、レモンイエローのマカロンをつまんだ真子。プロレーサーとは思えない、華奢で女性らしい細い指先には、ミントグリーンのネイル。オシャレのこと、恋のこと、自分たちの近況、それらに交じってクルマや走り屋の話をするのは一見、アンバランス。だが、共通事を趣味とする彼女たちにとっては普通のこと。それが、心地良かった。


「そ・ろ・そ・ろ、アンタの浮いた話も聞きたいなーあきら。『お兄ちゃんたち以外』でよろしく」

「だからー、ネタになるようなことはないってば」

「サーキットでTRFの話になると、絶対メカニックのあきらのことも持ち上がるのよね。ドライバーと付き合ってるってウワサもあるけど…」

「ちょっと誰が言ってるのよそんなことー!でっデタラメだよ!」

「あれっだけ!オトコに囲まれた環境にいるのよ?!気になるなーって人くらいいるんじゃないのぉ?」

「う…ッ」


そりゃ、さ。女性が少ない業界だもの、毎日男のヒトと会ってるけど…恋、してるかって言われたら、『してない』ってハッキリ言える。でも、


「…憧れ…くらいは」
「ダレ?!」
「沙雪…すごい食いつきね」


『いつでも来い。待っているぞ、あきら』


「…きょう、いちさん…かな」
「マジ?!あきらってば歳上好み?!」
「違っ、あ、あこがれだって言ったじゃない!」
「栃木のエボVかぁ…四駆って厄介なのよねー、強いし」
「真子、そこ?!」


きゃあきゃあと騒ぐテーブルに、追加のドリンクが三つ。甘いスイーツのあとの口直しにとアイスブラックを頼んだあきらだったが、まだ、その大人の苦さには耐えることが出来なかった。


「飲めないなら頼まなきゃよかったのに。はい、シロップ」

「う〜…試したかったんだもの…やっぱりだめだった…ありがとう真子ちゃん」


大人のあの人に近付いたら、それが恋だと思えるかしら。

水出しの澄み切った琥珀は、まだ自分には遠い世界。



***************

拍手ありがとうございます!碓氷でした!

彼女たちのお話をちゃんと書いていなかったなあと、夏前の爽やかな軽井沢を思いながら女子会です。旧軽いいですよね…。モデルのカフェはコチラ(まっぷるさんお借りしました)ロシアンティーがすっごくおいしかったです。決して名前でチョイスしたワケではありません(真顔)お話のメニューは捏造ですよ。

クルマとレースのことでいっぱいのあきらちゃんが唯一憧れている人、同じランエボオーナーの京一さん。涼介さんとも違う安心感をくれる彼のことを、好きなのかどうなのか。恋と憧れで揺れるモヤモヤしたお話も好きな私です。タイトルは聖剣2より。

2014,6月〜11月


おまけ


「ただいまー」

「おかえりあきら」

「おかえりーアネキ。碓氷のねーちゃんたち元気してた?」

「うん、相変わらず可愛かったよ!ワインとチーズ、はい、おみやげ」

「やっりィ!かんぱいしよーぜ!どこの?」

「長野のだよ、真子ちゃんオススメなの」

「そうだ、庭のデッキで呑もうか。今日は星が綺麗だから」

「じゃあキャンドル点けよう!啓ちゃんはグラスの準備、お願いね」

「りょーかい!」


おしまい。よい夜を!