誓い


高橋啓介のFDが負けた




件の話は、光の速さの如く、県内外へ拡がった。

伏兵というか何というか、能ある鷹は何とやら、思わぬところから出てきたレトロカーに、話を聞いた誰もが目を見開いた、ある夏の日。



丁度その頃


群馬県、某自動車工学大



連日の猛暑に心打たれながら、安全のため全身を覆うつなぎで身を固め、ガレージにて愛するエボTを弄っていた、高橋家の長女は、



「高橋先輩!マジなんスか?!!」

「おいはる!俺信じらんねェよ……!」

「啓介さん、ゼッテェ勝つと思ってたのに……」



「…………は?」





男に囲まれていた。




「何のことだかサッパリなんだけど……」



まずは只でさえ暑いガレージに、これまたむさ苦しいメンズが数人集まり、彼らがはるを囲うことで更に室温が上昇したこの状況をどうにかしたい。


この連中が全員イケメンで且つここが気持ち良いプールだったら逆ハーレムで笑っちゃうんだけどな、なんて思いつつ、安全帽を取り、額の汗を拭いながら、はるはこの状況に困惑していた。



「聞いてないのかよ、啓介さんから」

「だから何よ、さっきから」

「FD、負けたんスよ。こないだ、秋名で」

「相手ハチロクです。随分前の、AE86」




「………………は?」



はるの困惑は、まだ続きそうだ。

ノックを3回、



「お兄ちゃん、いる?」



兄の部屋に入るとき、必ず守っている妹弟のルール。



「はるか?入っておいで」



適温に保たれた涼介の部屋、ベッドに腰掛け、デスクの兄と向かい合う。



「啓ちゃん、出掛けてるの?」

「さっき、1時間前くらいか、FDで出ていったぞ」

「そ、か」



少々寂しそうに目を伏せた妹へ近付き、同じようにベッドへ座る。



「啓介と、何かあったのか?」



夏の陽射しに負けない、白い頬へ触れる。



「ん……違う、けど、」



そのまま、顎に指を添えて、伏せた目を自分の方へ。



「元気のない顔は、啓介じゃないと治せない?」



俺では無理かな、と、頬へ小さなキスを。




「…………お兄ちゃん、あのね、」






啓ちゃん、負けたって本当なの?





―――――――――――



「デートしよっか、啓ちゃん」

「は?」




日曜の昼間、ガレージに居るところへ現れた姉からの、突然の誘いだった。







"負け"なくして、成長はない。


頭では理解出来ても、心が、納得いかない。



「クソッ……!」



FDは悪くない。


俺の甘さが、招いたことだ。



「悪ィこと、しちまったな、お前には」



太陽の光を浴び、輝くイエローに指を沿わす。


相棒は、今、何を考えているのかな、なんて思いながら。




そんな時に、だ。




ガレージに現れて、一番最初に目に入ったのは、青空のように鮮やかなブルーのフラワープリント。




デートしよう、なんて




正直、今は頭ン中はFDとハチロクのことでいっぱいで、アネキに誘われても乗り気になれそうになかった。



「お母さんの頼まれ物を買いに行きたいの。ついでにお出かけしない?」

「……アネキ、俺、今ちょっと」

「たまにはFDから離れなさいよ。深刻な顔して、悩みでもあるの?離れて気付くこと、あると思うよ」


私の運転で、と、フラワープリントのワンピースのポケットからエボのキーをちらりと見せてきた。


俺の好きな、愛らしい笑顔と一緒に。





涼しげな空間は、汗ばんだ身体を適度に冷やしてくれた。


「やっぱり嫌だった?来るの」


目的地に着いて早々に訊くなよと思ったけど、やめた。


「いいって別に。デパート涼しいし」


考えてみたら、アネキと二人で出かけるなんて、最近なかったし。大抵、アニキもいるし。


「お母さんにね、お化粧品頼まれてるの。お買い物メモ預かってきたんだよ」


はるのエボ、はるの運転で向かった、地元のデパート。夏の日曜は、家族連れや若いカップル、老夫婦で賑わっていた。




「啓ちゃん、こっち」


身長差のため、アネキはいつも、俺を見上げる。


(……車で隣に座ることはあっても、並んで歩くなんて、ホント、久しぶりだ)



見上げてきたアネキは、俺の好きな、大好きな、笑顔で






母が頼んだ化粧品のブランドに着き、必要なものを包んでもらっているとき。


「アイカラーの新色が届いたのですが、宜しければお試しになりますか?」

「いえ、連れがいますので、今日は遠慮しておきます」

「……折角だし、してもらえば?」

「…………いいの?啓ちゃん」

「俺、あっちのフレグランス見てるから、少ししたら戻ってくるよ」

「お連れ様、可愛らしくして差し上げますね。いってらっしゃいませ」






しばらくの別行動、啓介がはるの元へ戻ってきたら、雰囲気の変わったメイクに良い意味で驚かされた。


「すげ、メイクひとつで変わるもんだなあ」

「それは良い意味なの悪い意味なの」

「とてもお似合いですわ。お肌の色に良く馴染んでらっしゃいます」

「そーそー、良く似合うよ、かわいいって」

「むー……」


メイクアップしてくれたBAさんが、私達のやり取りを見、くすりと、綺麗な笑顔で笑っていた。


「仕上げはリップですね、一番人気のこちらを使いましょう」


ウキウキと楽しそうに応対してくれるBAさんが手にしたのは、ベビーピンク色のリップスティック。


「恋愛リップ、と言われているリップスティックなんです。つけると恋が叶うというジンクスがあるんですよ」


言いながら見せてくれたのは、そのリップが紹介されている雑誌の1ページ。


「へー、プロポーズされたとか書いてあんな、ホントなのかよ」

「やっぱりピンクって可愛いから、女子力アップってことじゃない?」
「お二人とてもお似合いのカップルでらっしゃるので、ずっとこの恋が続きますようにと、おまじないをかけましょうか」

「えっ……!?」


(……まあ、そう見えるだろーな)


俺とアネキってあんまり似てねェし、ハタチ過ぎの姉弟が仲良くしてんのも珍しいよな。

ちらと、化粧品コーナーのカウンターに座るアネキを見ると、顔を赤らめつつ、困惑しているようだった。



(あーあ、ドギマギして、アネキ)


笑顔のBAにされるがままになっている彼女を、心底、かわいいと、愛しいと思った。









「あのリップ、よかったのかよ、買わなくて」



薄付きのピンクが、今、はるの唇に。

上品な光沢が、可愛らしさを引き立てた。


「うん……だって、今は、恋、するヒマないもん……」



…………そうだった


俺やアニキがどんだけアプローチしても、全然靡いてくれないんだった、ウチのオネーサマは。

オマケに今は大学とGTチームの両立でリアルに忙しそうだしよ。


どんだけ、好きだと伝えても、どんだけキスを贈っても、それは、『親愛』と思われているようで。さっきBAにカップルと思われて赤面したのは、単に姉弟と見られていなかった恥ずかしさからのようだ。


デパート併設の駐車場に向かいながら、俺はガックリと項垂れた。





ちくしょ、それなら、




「アネキごめん、俺、忘れ物。先にエボで待っててくれ、すぐに戻るよ」

「え?うん、わかった」




向かった先は、さっきの化粧品コーナー










「おかえり。忘れ物あった?」

「ああ、待たせてごめんアネキ」


エボのセルを回しながら、アネキは続けた。


「ちょっと、赤城行こうか。お天気良いし、日没、見てく?」







アネキの運転で連れて来られた、薄らとオレンジがかった、赤城道路。

攻めようとせず、ゆっくりと上りを流し、いつもの駐車場へ。

エボから降りて、走り慣れた道を見渡せる柵まで行くと、アネキが振り向いた。





「……『俺の前を走れるのは、ひとりだけだ』」


「……アネキ?」


「『だけどいつか越えてみせる。俺のやり方で』」


「……、」



「啓ちゃんが、何度も話してたこと、だよね」


「……ああ」


「勝つより、負けて得られるものの方が多い、って、偉大な先人達も言ってるわ」


「…………聞いたのか、ハチロクのこと」





振り向いたアネキは、真っ直ぐに、俺を射抜いた。



「お兄ちゃんを、越えるんでしょ?」




負けてもいい、

悔しがればいい。

でも、



「絶対、立ち止まらないで。進んで、前へ」





そして僕は向かう 誇りを胸に抱いて


君が好きだった世界で


君と見つめた その先へ


僕はこのまま このまま









一年後、


箱根、椿ライン






「トリはまかせた。たのんだぜ、北関東最速の下り屋…!」


「いつも思うけど…かっこよすぎますよ、啓介さん…」




立ち止まらねェって、約束したもんな





「啓ちゃん!!」




目に、涙を携えて、愛しい君が、




「アネキ、」




「おめでとう、お疲れさま……っ、おめで、とう…っふぇぇ……っ」


「ははっ、何でアネキが泣くんだよ、ほら、」


小さな身体を頭ごと包み込むと、くぐもった声が聞こえてきた。




「けいちゃん、」


「ん?」




去年、赤城の夕陽の中で約束したときにくれたリップ、あの時は、ただ、デートのお返しにってプレゼントしてくれたのかと思ってた






「…………すき」






「…………今頃、気付いたのかよ」






『忘れ物』を取りに行ったとき、BAに言われた言葉




『想いが伝わりますように』




少々ニブイお嬢様のようですから頑張って下さいねと、付け足して。





「効果出るのに、一年かかったな」






もっと強くなりたい


もっと優しい人に


君が そうだったように


もっと、もっと





end







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はるさまへ


この度は1000hitリクエストにご参加下さいまして、ありがとうございます!遅くなりました……!!以下反転でお返事です!


ギャグ甘にするつもりが!ガッツリ甘になりました!なんか、すみません……お兄ちゃんも、でばってます……ちゅう、してます……!


以前宅の日記に上げていたネタ『エスティローダーの恋愛リップ』をお話に入れ込みました。恋が叶うリップだそうなので、啓介の恋が叶うといいなと思うと、お姉ちゃんに好きと言わせるしかないと思いました!←


そして赤城でのお姉ちゃん、セリフにご注目下さいませ\(^O^)/

はるさまからのご注文を頂いたときに、真っ先に浮かんだセリフです!ここからギャグ&アメとムチで慰めるつもりがこうなりましたorz

お持ち帰り&クレーム&書き直し、何でも仰って下さいね!この度は楽しいリクエストありがとうございました!

2013,1,6りょうこ