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『過去を忘れるいい機会かもしれないよ?』



そうアユミに誘われた合コン。

正直、気乗りはしなかった。

『忘れる』なんて、無理に等しい。

家に、彼と同じ、青がある限り。



誘われた当日は、小学校の終業式だった。

体育館での集会を終えた生徒たちは、教室で通知表を見、一喜一憂し、この後の冬休みが待ち遠しい様子。



「では、また来年ね。みんな良いお年を」



生徒たちを見送ったあとは、学年会議。実習生とは言え、教壇に立った私も会議に参加した。

それが終わって、今度は二学期の総まとめ。これが結構厄介で、特に時間がかかった。

でも、可愛い生徒たちに関わる事柄だから、きちんと丁寧に文書を作成する。

何度も推敲し、私を指導してくれている学年主任の先生に書類を提出、時は既に21時だった。

コピーしておいた同じ文書を、大学にも提出しなければならない。



「お疲れ様、この後大学へ戻るの?」

「ええ、本日の分は本日中が提出期限ですから」

「あまり無理しないで、根詰めたらダメよ?道中気を付けて」

「はい。先生もお帰りはお気を付けて下さいね。良いお年を!」



実習生は冬休みに出勤する必要がないので、私の役目はひとまず区切りを迎えた。

先生方に年末のご挨拶をし、いつも通り大学へ戻る。

時既に、22時を回っていた。



「今から行こうにも、遅すぎるよね……」



元々参加する気分じゃなかったから、これはこれで助かった、と言うべきか。

とりあえず、連絡だけはしておこうと、アユミの番号を呼び出した。














指定された場所は、バーカウンターが併設されたモダンなレストランだった。

飲み屋を想像していただけに、まったく反対のベクトルを向いていたため、拍子を抜かされる。

煩い場所は好きじゃないから、こういう静かな空気の方が有難い。

開始の時間に少し遅れて行くと、俺の他にもうひとつ、席が空いていた。



「すまん、遅れた」

「よ、涼介」

「まさかアノ高橋さんが来てくれるなんて思ってませんでしたー」

「岡田さんから聞いたときは信じてなかったんですけどね」

「ちょ、それ酷くない?」

「高橋、何飲む?」

「今日車あるから、ノンアルコールで」



岡田の言う、教育学部の彼女たちは、俺たちの向かい側、二人並んで座っている。

こちらはもう一人、岡田を通じて知り合った、工学部の小松だった。

どうやら三対三のセッティングらしい。



「ひとつ、空いてるようだけど」



俺の向かいに座っている彼女に訊いてみた。



「小学校に実習に行ってる子なんですけど、どうやら忙しいみたい」



連絡を待っているのか、彼女の傍らには、ピンク色のスマートフォン。

俺の頼んだノンアルコールが届いたところで、乾杯が始まった。





ある程度出来上がり、テーブルの料理も終盤になってきたところで、本題へ切り出してみた。

岡田と小松は、もうひとりの彼女と三人で盛り上がっているので、向かいにいる彼女へ訊いてみる。



「教育学部に、藤原さんているかな」

「え?ああ、私の友人ですよ。藤原陽向」

「どんな人なんだい?」

「ふふっ、高橋さん、陽向みたいな女の子がタイプ?」

「彼女の弟とちょっとした知り合いでね。お姉さんが教育学部四年生だと聞いて、まだ会ったことないし、気になってたんだ」

「それなら、すぐにわかりますよ、今日も実は呼んで






ピリリリリ



ピリリリリ




前に座る彼女の、ピンク色のそれが、持ち主を呼んでいた。


彼女が席を立ち、少し離れたところで会話を済ますと、残念そうな顔でこちらに戻ってきた。



「アユミ、何かあったの?」

「やっぱり参加は無理だって」

「え、あの子今どこにいるの?」

「小学校出て、これから大学」

「さすが学期末、やること多くて大変そう…」



彼女たちの話を、カナダドライを飲みながら聞いていた。









「えー!藤原さん来られないのー?!俺ちょっと期待してたのに…!」









………おい







今、岡田は何と言った?





「ちょっと岡田さんー?あたしたちじゃ役不足ってことー?」

「や、そうじゃないって…!」

「岡田は最初から藤原さん狙いだったもんな」

「うおぉお小松お前なんてことを…!!」

「ひっどーい!ねぇ高橋さんもそう思うでしょ?!」

「………」

「……高橋?どうした」

「…………あ、いや、すまん」







『小学校出て、これから大学』


彼女の話が反芻される。





「悪い岡田、小松。先にお暇するわ」

「おい涼介?!」



飲み代は元々いらないと言われていたので、コートを羽織り、店を出た。




彼女は、ここに来る予定だった。



今向かえば、会える気がする。



藤原を通じ、『会ってみたい』と言えば会えそうだけれど。



「そうしたくないのは、どうしてかな」



突然の心の動きに涼介自身驚きながら、FCのセルを回した。





時既に、22時を回ったところ



目指すは、群馬大学教育学部