I'll wait


「FC、乗ったの初めてです。何だか嬉しいな」

「それはよかった」

「にしても……拓海、信じてくれたかな…」

「過去に……ちょっと疑われることがあったから、あの反応は仕方ないさ」



高橋さんに送ってもらうと拓海に連絡したとき(あの子起きててくれたみたい)、中々信じてもらえず、『確認したいから涼介さん本人に代わって』と言われた。

声色が、ムスッとしてるようだったけど。



「あの子、何て言ってました?」

「………送り狼にならないでくれ、ってさ」

「えっ……」

「はは、心配しないで。そんなことはしないよ、ちゃんと送るから」

「もう、高橋さんたら……」



国道を渋川に向かって走る。

深夜だし、交通量もそんなになくて、時間がかかることなく到着しそうだった。

それが勿体なくて、彼女に気付かれないように、右足を緩める。

共通の存在である『藤原拓海』のこと、プロジェクトDのこと、車のこと、そして、お互いのこと。

ナビに収まる彼女は、さっき初めて話したときより表情が柔らかくなり、よく笑って、よく話してくれた。

俺の話に興味を持ってくれたのか、少し難しいことにも、質問したり、相槌を打って聞いていた。

いつも眠そうな弟に似た、大きくて、少し垂れた瞳が何度も細められる。



「ところで、さ」

「はい?」

「『藤原さん』って呼ぶの、ちょっと抵抗があるかも」

「え?……あ、高橋さん、拓海のこと苗字で呼んでらっしゃるんですね」

「名前で、呼んじゃ駄目かな」

「いいですよ。姉弟で紛らわしいですもんね」

「俺のことも、出来れば名前でお願いしたいんだけど…。弟と紛れるというか」

「ふふっ、じゃあ、涼介さん?話してくれた弟さんは、えっと……、啓介くんね?」

「ああ、ありがとう。陽向さん」






呼び方を少し変えただけで、距離が、大きく縮まった気がした。

赤信号で止まったFCの車内。

ふたりで、くすりと、微笑んだ。






「角を曲がれば家ですから、この辺りで大丈夫ですよ」

「いや、もしかしたら藤原が店先で見張ってるかもしれないから、ちゃんと家まで行くよ」

「めんどくさがりの拓海が、私のためにそこまでするかな……」

「あの電話の口ぶりだと、相当お姉さんが好きみたいだったけどね」



あっと言う間に終わった、深夜のドライブ。

涼介さんと、FCと、もう少し一緒に居たいなって、思った。

初めて会ったのに、この安心感は何なんだろう。

知的で、聡明で、ちょっとお茶目で、ユーモアもある涼介さん。






また、会えるかな







「赤外線、できる?」

「え……?」

「ケータイ。折角だし、番号とアドレス、交換しておこうか」

「っ……はい」





どうしよ、





「ありがとう、ございます」

「それは俺も一緒。陽向さんと会えてよかった」

「また、連絡しても、いいですか?」

「そのために交換したんだ。俺もするよ」






うれしいよ、涼介さん







(うれしいと思える人に、出会えた、かも)














「おかえり、アネキ」

「た、ただいま……」

「ちゃんと送り届けたぜ?藤原」




涼介さんの予想通り、店先には、ハチロクのボンネットに凭れた拓海が。


ちょっと、何で怒ってるの。


「寄り道、してないですよね、涼介さん」

「何を疑ってるんだお前は」

「そうよ拓海、失礼でしょ?わざわざ送って下さったのに」

「俺…、ずっと起きてて、心配、してたんだからな」

「……ありがと、拓海」

「じゃあ、俺はこれで。またな、陽向さん、藤原」

「はい。ありがとうございます。おやすみなさい、涼介さん」




角を曲がったFCが、短く一度だけ、エンジンを吹かした。



「………なまえ、なんだな」


「え?」


「今日、初めて会ったんだろ、涼介さんと」


「うん、帰りに」


「そんなに、仲良くなったの?名前で呼ぶくらい」


「……拓海?」


「好き、なの?涼介さんのこと」


「………会ったばかりだし、まだ、なんとも」


「姉ちゃん、」


「ん?」


「姉ちゃんを守るのは、俺、だからね」