until


二年前の、冬



彼が、空のひとつになったのは、


雪が積もった長野の峠


まだ新しいスタッドレスだったのに、ブレーキが追い付かなかった


彼が大切にしていた、青いインプレッサ


自慢げに話していた、四駆のパワー、水平対向ボクサーエンジン


すべてが、雪に、覆われたの











山に囲まれた群馬は、冬、当然のように雪が降る。

クリスマスを目前にした今日、ちらちらと舞い降りた、儚い結晶。

家に居てもやることがなく、だらだら過ごすくらいならと、大学の図書館へやってきた。



(FC、3、S、か……)


教育に関わる資料を手にするどころか、目線は、自動車名鑑、マツダ車のページ。

涼介さんに出会ってから、心が少し軽くなっている気がしていた。

送ってもらったあの日に話してくれた、ワンハンドステアのこと。

拓海はハチロクの方がやりやすいって言ってたけど、私は、



(どうして、インプ、なのかしらね)



ふたつの車で試してみたら、しっくりきたのはインプレッサだった。

車が、オーナーを選ぶのか。

過去に囚われ、乗るのが辛いと思っていたインプレッサ自身が、私を励ましてくれているのか。



(お父さんのインプは、なにも、悪くないのにね)



悪いのは、まだ、受け入れられない、私の心。

それを、涼介さんが、軽くしてくれたのか。



(進んでも、いいかな、この先に)



あの日から怖いと思っていた雪が、今年は、少し、優しく思えた。











「ドーモ、高橋氏」

「お前は真面目に話かけることが出来んのか岡田」

「俺が狙ってたカノジョ、まんまと取っちゃったでしょ、キミ」

「………は?」

「この前!ウチのカフェで!藤原陽向ちゃんと!談笑してたでしょう、が!!」

「ああ、あの時か。『この前、家まで送ってくれたからお礼がしたい』って言うんでね」

「……家、だと……?!」

「変な想像すんなよ」

「…………付き合ってんの?真面目なハナシ」

「さあ、どうだろうな」







正直、惚れてる。



ただ、少し、気になるところがあったんだ。


初めて会ったあの日、FCで、車の話をしていたとき。





「インプレッサ、か」




深夜だったから、街灯や車のライトだけでは、暗くて表情まではわからないだろうと思ったのだろう。

多分、彼女は無意識に。




その時だけ、かなしい、顔をしていたよ。





自動車名鑑の細かい文字を追っていたら、日頃の疲れが出たのか、うとうと眠ってしまっていた。

暖かい図書館、静かな空気、これで眠らない人がいたら教えてほしいよ。

傍らに置いていたケータイが、控えめな光を放っていることに気付いたのは、寝ぼけ眼がようやくハッキリしてきた頃。

メール受信の時間は、今から30分ほど前。



(涼介さん…)



『やることが一段落したから、今から会えないかな』



30分前でも、まだ間に合うかどうか。



(今、荒牧の図書館です、っと)




会いたい




想いを、確かめたい




勇気を出して、『雪』の上を、歩けるようになりたい





「陽向さん」

「ごめんなさい!メールに気付くの、遅くて…」



初めて会った、N棟。

西門から入ってすぐの駐車場に、白いFCが待っていた。



「足元、気を付けて」

「…っ、は、い…」


そっと、伸ばされた彼の左手が、私の右手に。

薄らと白くなっている地面に、ふたりの足跡が残った。



「急に連絡して悪かった。予定、大丈夫?」

「ふふっ、お気遣いなく。元々ヒマで、図書館に来てたんです」



雪がちらつく、15時。

国道沿いのコーヒーショップで、暖かいお話を楽しんだ。












見せたいものがあるんだと、この後の行先は涼介さんにお任せすることになった。




「ちょっと、山道になるから、シートベルトを四点式に変えて」

「?はい」



冬の空は、暗くなるのが本当に早い。

夕方、17時。

もう、夜と同じ暗さだった。



「山道、って、雪もあるし、暗いのに大丈夫なんですか?」

「まあ、信じて座ってて」







涼介さんが、走り屋で、赤城山のリーダーで、運転が上手で、丁寧に走る人だってことは知ってる。







でも、雪道、は










「陽向」




「目を開けて」




「俺は、インプレッサの彼じゃないよ」




「信じて」






赤城山の資料館の屋根には、市街地よりも幾分多くの雪が積もっていた。






「知、って……、たの……?」





なみだが






「陽向さんの友達が、話してくれたよ」





とまらない





『雪の日に、走り屋の彼を亡くしたの』




「青いインプレッサ。お父さんと同じ、VerX」




『その日から、雪が怖くなったって』





「俺は、インプレッサの彼じゃないよ」




「りょ、すけ……さ……、」




「俺は、雪に埋もれたりしない」




「りょう、介、さ」




「信じて」




「………っ、」





「好きだ」