sweeten


「ほんとに!見たんですってば啓介さあん!」

「ウソくせ、信じられっか」


昨日、ダチと一緒に高崎の駅前をぶらぶらしていたら、本当に、ほんとーに、見間違いじゃないかと何度も思った。

隣にいた男は、涼介さん啓介さんよりかは背が低かったけど、優しそうで、それでいて笑顔で、


「マジでその人、あきらさんでしたよ!オレが間違えるワケないっしょ!」






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二月

暦では春を迎える時期であるが、現実は冬本番である。当たり前のように雪が降るし、気温も低いし、路面凍結もまだまだ続きそうだ。冬になると毎年無茶なことを言い出す兄の言いつけ通りに走ってきた啓介は、『大事件です!』とケンタに呼び出され、現在、馴染みのレストランにいるのだが。


「証拠は?」

「え、」

「その女がアネキだっつー証拠、あんのかよ」

「……これ見たら、啓介さん倒れるかもしれないッスよ」


ボアのブルゾンから出してきたスマートフォンを操作し、啓介の前に差し出す。


「シャッター音を出さずに撮れる、隠し撮りアプリってヤツです」

間違いないっスよね、と深刻な顔をして目の前の金髪を窺う。

「………これ、」

写真を指で拡大したり、角度を変えたり、いろいろ弄って啓介が出した言葉は、

(……う、啓介さん、まずい、顔が般若だ……)

彼女の近くに居たのなら『ソイツは誰だ』と問い詰めることが出来たんじゃないかと、叱咤されるとケンタは思った。




「……、アネキ、だわ、これ」


「……へ?」



何とも落ち着いた声だった。



「クリスマスに、オレが渡したネックレス。それにオレがアネキの顔見間違うなんて有り得ねェ」

「…なんか、意外、っスね」

「は?何が」

「啓介さん、もっと怒るかと思ってました」

「……まあ、目くじら立てても仕方ないっつーか」

「さっき、ちょっと怖い顔になってたから、オレ、何言われるかと思って」

「アホ、お前に怒っても意味ねェだろ」

「……で、いいんスか、これ」

「アネキの人付き合いにとやかく言える権利、オレにはないよ」


少し、寂しそうに言う啓介さんが印象的だった。


オレのスマホに写るのは、紛れもなく、あきらさん。

たくさんのショップが並ぶ駅前の歩道を、(啓介さんも知らない)男と一緒に楽しそうに笑っていた。








時、同じくして


群馬大学医学部




「お前、とうとう妹ちゃんにフラれたんだな」


「………は?」



最近ヤケに一緒に行動している気がする、と涼介はチームメイト岡田を睨む。顕微鏡を相手にしていたら、自分の後ろまでキャスターを転がして座ったまま近づいてきたこの男。一体、何をのたまったのか。



「オレ見ちゃったんだよなー、涼介でも弟でもない男と一緒に仲良くしてた妹ちゃん」

「証拠でもあるのかよ」

「だってオレ声かけたもん、彼女に」


岡田が言うことはこうだ


先日、岡田が高崎駅に向かった際、偶然、本当に偶然にも、あきらを見かけたらしい。『いつも兄がお世話になっています』と丁寧に挨拶もしていたとか。彼女が身に着けていたものを覚えているかと岡田に問うと、ハートが三連になっているネックレスをしていたと。

………クリスマスに啓介が贈ったものに、間違いないだろう。

だが、問題はもっと他にある。



「妹ちゃん、カレシいたんだなー。まあ、あんだけ可愛いと男が放っとかないっつーか?」

「………」

「『こちら、お兄ちゃんのお友達の岡田さん』って紹介されちゃった、オレ」

「………」

「優しそうな好青年だったぜ、お似合いなんじゃねーかな」

「………」

「……あっら、もしもし?お兄ちゃん?」

「………なんだ」

「もしかして、涼介、知らなかッテェエ!!」

「うるさい、だまれ。オレはもう帰る」

「ファイルの角って凶器なんだぜ!ってかお前細菌ちゃんたちはどうすr「やることはやった。あとは成長を見てレポートするだけだ。お先」……はあい」








ケンタにあの写真を見せられてから、何となく、アネキと顔を合わせ難かった。あのときは、自分でも驚くくらい、落ち着いていたと思う。でも、自分が、ずっと想いを寄せていた相手の隣に、自分じゃない他の男がいることが、あとから、じわじわ浸食して、心に靄が拡がった。


なんで、オレじゃねェんだよ

(ほんとにカレシなのか?ダチかもしれねェし)

オレのが、ソイツより何倍もアネキを想ってるのに

(もしくはチームメイトかもしんねェし)

アネキを想っている時間は、果てしなく長いのに




「啓介、いるか」


普段あまり使わない頭をフル回転させて写真のことを考えていたら、アニキの声とノックの音。


「いるぜ、アニキ」


足の踏み場を探す方が大変な部屋には入りたくないのか、涼介は自分の部屋に来いと啓介を誘った。



目の前の兄は、自分や姉の前では滅多に見せない、冷徹な空気を纏っていた。

(オレ、なんかした、っけ……?)

兄がこの顔のときは、大抵怒られるときだ。自分がやってしまったと思しき事柄を、ああでもないこうでもないと思い出していたら。



「単刀直入に言おう。あきらの恋人は誰だ」



「………は?」



冷徹なる微笑みの矛先は、オレではなかったらしい。



「大学の友人が、高崎で男と歩いているあきらを見たらしい」

「え、オレもケンタから同じこと聞いたんだけど」

「「………」」



どうやら真相は本人に訊かないことには闇のままのようだ。







「監督、ちょっとの間キッチンお借りします」


早くも二週目を迎えた頃

神奈川のチームTRF研究所内キッチンにて


「………お、もうそんな時期か。オレにもくれるんなら、好きにしていいぜ」


監督の声に嬉しそうに礼をしたあきらは、つなぎの上からエプロンをし、用意した材料を作業台に乗せていった。





二月に入って、間もないある日。


「高橋、ちょっと付き合ってもらいたいんだけど…」


大学で同じ科の男友達が、一緒に買い物に来てくれと頼んできた。


「構わないけど、疑われても知らないよ」


彼女と付き合って、初めてのバレンタインだから、自分からも何かプレゼントしたいというのだ。その彼女というのも私が親しくしている子で、好みの系統を教えてほしいと言ってきた。彼女なんだから好みくらい自分で聞き出せよとも思ったが、私にとってふたりとも大事な友人、無下には出来ないものである。




「あれ、涼介の妹ちゃん?」


ようやく彼女へのプレゼントが決まって、お礼にランチ奢るよと言われ、何を食べようかとウキウキ考えて駅前を歩いていたとき。


「あ、えと、岡田さん、ですよね?こんにちは。いつも兄がお世話になっています」


以前、医学部で会ったことのある、兄の友人、岡田さんだった。


「外で会えるなんてすっごい偶然じゃん!カレシと買い物?」

「ふふ、違いますよ、彼は友達です。彼女のプレゼント選びに付き合っていたんです」

「だよねー、妹ちゃんにカレシがいたら、今頃涼介はショックで廃人だろうよ」

「あはは、岡田さんたら大袈裟!」


高崎で出会った岡田さんを隣の友達に軽く紹介して、手を振って別れた。


「にしてもさ、ほんと仲良いよな、高橋んとこ」

「そう?」

「兄妹弟って知らない人が見たら、絶対恋人に見えるもんな」

「ふふ、そんなことないよー、ちゃんと兄妹弟だよ」

「つーかその買い物、兄貴と弟にだろ?」

「うん、毎年必ず」

「お前可愛いんだからさー、彼氏作ったら?」




「…………もし、そうなったら、あのふたりが、なんて言うやら」

「…………ああ、うん、ごめん、訊いたオレが悪かった」


想像したら、おっかないことこの上ない。

きっと、FCとFDを有り得ないほどかっ飛ばして、相手へ抗議しに行くだろう。



「それはそれで、愛されてるから幸せなんだけどね」



隣にいる友達に聞こえないくらいの声で、呟いた。







結局、あきらから何の真相も訊けぬまま、『立ち上がれジョシ!』と銘打ったCMがたくさん流れる当日になった。自分には本命がいるからとしっかりやんわり丁寧にお断りをし、この修羅場を潜り抜けてもう何年になるだろうか。同時、啓介も自分と同じ目に遭っているんだろうな、『お前もがんばれよ』とメールを送っておいた。


涼介と啓介の長年の本命であるあきらは、先週末からの連休に行われていたファンイベントのため、神奈川にいる。催事も片づけも終わったから今日帰ると、今朝連絡をもらった。



夜になったら、愛し君に逢える。

そして、願わくば、先の男は無関係であってほしい。



そう切に想いながら、涼介は目の前の『立ち上がれジョシ!』な皆さんのお相手をするのだった。









「ただいま、っと」


しばらく神奈川に缶詰になっていたため、実家から持って行った着替え云々の荷物で高橋家の玄関が埋まってしまった。現在夕方。兄妹弟で、自分が一番早く帰宅したらしい。とりあえず、一番大事なコレをすぐに冷蔵庫に入れないと。玄関にあふれる荷物をそのままに、両手で大事に抱えた箱を、キッチンへ持っていった。





家のすぐ近くの交差点で、FCとFDが同じ方向へ並走していた。

「珍しいなアニキ、オレと一緒の時間に帰んの」

「やることがあまりないから抜けてきた。それより、」


ガレージに愛車を其々眠りに就かせた兄弟は、真ん中の青に目をやった。


「久しぶりに、逢えるな」

「アネキ元気かなー、オレもう充電切れそう」


荷物を抱え、愛しい君の待つ家へと。







「お母さんたら!お夕飯いらないんだったらもっと早く言ってよねー!」


『今日はバレンタインなので、お父さんとディナー!』


シャワーから上がったあと、着信アリの光が見えた。嬉しそうにメールを打つ母の姿が目に浮かんだ。とりあえずは、兄弟が帰って来るまでに何か作っておかないと。特に弟はすぐお腹空かせるから。まだ外が少し明るい夕方に帰って来られてよかった。夜までには間に合いそうだと、冷蔵庫の中を見、メニューを考えることにする。







「ただいま」

「たっだいまー」

「おかえりなさい!お兄ちゃん、啓ちゃん」




出迎えてくれた君は、それはそれは笑顔で。

今日一日の修羅場のことなんて瞬時に飛んでいった。



「お夕飯、お母さんたち外で済ませてくるって。私、簡単なものしか作れないけど……」

がんばったんだよ?と、少し困り気味で、照れながら言う姿が愛しくて。

自分たちが帰って来る直前に出来たらしい、ほかほかと温かい湯気が見えた。


「マジで!オレ、アネキのオムライスめっちゃ好きー!」

「わっ!啓ちゃん、くる、し…!」

「オニオンドレッシングか……ん、濃さも酸味もオレ好みだ」

「…っ、おにい、ちゃ、耳、だめ…」


前から啓介、後ろから涼介に抱き締められ、抱き締めるだけでなくいつも何かと手を出してくるこの兄弟は




「もう!イタズラするならチョコあげないんだから!」



「「ごめんなさい」」



愛し君には、敵わない









後日



「いよーう、涼介」

「……よくも『カレシ』なんぞ抜かしやがったな」

「ありゃ、バレちゃった?焦る涼介さまめっちゃ面白かったぜイッテエエェエ!!!」




「啓介さん、なんか今日ご機嫌っスね」

「ん?ああ、これのせいかも」

「……これ、ってうわ、すげー!なんスかこのケーキ!」

「アネキがオレとアニキのために作ってくれたチョコケーキ。すげェだろ、FCとFDもいるんだぜ」

「あれですよね、マジパンっつー砂糖菓子!」

「全部手作りなんだぜ、さっすがオネーサマだわ」

(ケーキ待ち受けにしてるし…相当嬉しかったんだな啓介さん…よかった、般若じゃなくて)




「ちょっとアンタのせいで兄弟に『彼氏いるのか』って問い詰められたんだけどどうしてくれるの」

「………え、」

「ちなみにあんたの車種とホームコース言っちゃったから、近いうちに来ると思うよ」

「………ちょ、え、待っ」

「…………おかげで今もまだ腰が痛いんだから」

「たかはし、さん、あの、その手のスパナ、下ろしてくれませんか……!!!」








valentine a go go!!!
thnx for everyone!!!
thnx for 5000hit!!!



5000hit投票にてトップになりました兄妹弟で書かせていただきました!ややギャグ路線!わたしは焦るお兄ちゃんが書けて楽しかったです(^q^)

そして気付けば6000hit…!!!ありがとうございます!!今後一層精進いたしますので、なにとぞよしなに!!

2013,2,8りょうこ