bittersweet


「出来上がったら連絡するから」

「ゼッテェ帰ってくるなよ、アネキ」

「むう……わかったわよ」


3月14日


大学の卒業式も無事終わり、学生の大半は春休みに入ってしばらくの頃。

珍しく兄が休みで(彼に春と夏と冬の休みなんてあるのだろうか)、弟と私はとっくに春休みで、それでいてどこかに出掛けたくなるような青空で。

言われる前に即行動、急に『出掛けるか』と言われてもすぐ出られるよう身支度を整えた矢先に、冒頭である。


「期待……していいのかしら」

「していいぜ?」

「上手く出来たらご褒美くれよな!」



ホワイトデー


先のバレンタインのお返しにと、いつの間にやら兄弟が口裏合わせてこの日のためにスウィーツのレシピを考えていたらしい。あきらのために、となれば、彼らの気持ちを汲んであげるのがマナーだろう。出来上がりの連絡を期待して、整えたメイクとファッションを無駄にしないため、街へ繰り出したあきらであった。

兄弟ふたりが揃ってキッチンに立つ姿なんて珍しいから、後ろから見守ってついでに写真を撮って両親に見せたかったな、などと考えながら、目的を決めず車を流した先は


「いらっしゃいませー!」

「とりあえずハイオク満タン、よろしくね」


渋川の、ESSOでした。


「ご無沙汰っスー!あきらさん!」

「こんにちは樹くん、元気だねー」

「取り柄ですからねー!オレの!」

「窓ガラス拭きますね、あきらさん」

「ありがとう、池谷くん」


小春日和とは今日のことか。高崎を離れて渋川までの道中、何とも気持ちの良い陽気だった。最近、激しい気温差はあれど、陽が射すとぽかぽか暖かい。芽吹きの春はすぐそこだ。



「今日は何か予定でもあるんですか?」

『わざわざ渋川まで』という意味を含ませた池谷。

「ううん、まったく。何も考えずに走らせたらココまで来ちゃっただけなの」

「えっ!?まさか無意識にオレに会いにですか!?あきらさん!」

どんだけ都合良すぎるんだお前の頭は、と池谷が樹にちょっかいを出す。

「こないだ、バレンタインだったじゃない」

「「バレンタイン?」」

「ホラ、今日ってホワイトデーでしょう?」

「「……」」

「うちの兄弟が、その……、バレンタインのお返しに、何か作ってくれるみたいで……。驚かせたいから、作ってる間は外にいろって、追い出されちゃって。あはは」



「「……」」





「……ね、どうしたの?ふたりとm「くーっ!羨ましいぜ高橋兄弟!あきらさんからチョコもらったのかよー!」……樹くん、」

「オレも誰かにお返ししてあげたい……!のに、誰からももらってないよバレンタイン……!」

「……池谷くん、しっかりして。な、泣かないで……」









一方、高崎では




「なァ、アニキ」

「うん?」

「アネキってさ、バレンタインのとき、何考えながら作ってくれたのかな」

「……そう、だな」


卵白と砂糖を泡立て、ふわふわやさしいメレンゲを作る涼介。隣で啓介は、フィリングになるチョコレートを刻んでいた。


「今さ、頭ン中、アネキのことしかねェよ、オレ」


アネキも同じだったのかな、と話す弟の顔は、穏やかだった。




プレゼントを選ぶとき

手紙を書くとき

電話をするとき


大事な、大切な人を想いながらの行動ひとつひとつが、愛する気持ちで溢れている。きっと、今の自分もそうであるんだろうなと涼介は思う。


「あ、アニキ、嬉しそうな顔してるぜ」

「わかるか?」

「わかりやすすぎ」


刻んだチョコレートは、生クリームと水飴に混ぜ合わせ、なめらかに。メレンゲには、アーモンドパウダーとパウダーシュガーを。


「バレンタインはサーキットでファンイベントがあったらしいな、あきら。忙しかっただろうに」

「それでもオレたちのためにスゲェの作ってくれたんだもんな」




フィリングのチョコレートガナッシュは冷蔵庫へ。天板に、絞り袋に入れたメレンゲで小さな丸を作っていくのは、正確無比なドライビングの手を持つ、我らが兄である。


「オレも、頭を占めるのはあきらの笑顔だけだ」

「アネキ喜んでくれるといいな」


天板に並べたメレンゲをしばし寝かせる間に用意するのは、彼女が好む銘柄の茶葉。

オーブンの準備を啓介に任せ、涼介はテーブルに置いたネイビーのスマートフォンを手に、履歴を開く。

呼び出し音が鳴る間、愛しい妹の声が早く自分の耳に届いてほしいと願いながら。


『はい、あきらです』

「そろそろ戻っておいで。今どこにいるんだ?」

『渋川なの。一時間くらいで着けるかな』

「気を付けて帰って来いよ。紅茶を淹れて待ってるから」

『お兄ちゃんと啓ちゃんが作ってくれたお菓子、すごく楽しみ!』

「上手く出来そうだよ、言ったろ?期待していいって」

『ふふっ、ありがとう』




ただいまと帰ってきたあきらの鼻腔を、アールグレイの香りが掠めていった。

おかえりと出迎えた兄弟からは、甘い、甘いシュガーと、チョコレートのほの苦い香り。

チョコレートのお返しはチョコレートでと、兄弟が選んだレシピは、アーモンドフレーバーのチョコレートマカロン。

可愛らしくお皿に並ぶ、ころんとした丸いマカロンが、あきらの頬を溶かしていくまで、あと、少し。

アールグレイのゴールデンドロップが、あきらのカップに注がれたその後にすぐ、それはやってきた。












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兄弟がキッチンに並ぶ姿を後ろからぎゅってしたいのは家主です。写真もモチロン撮ります。

ふたりが作ったマカロンは、実は家主のだんなさまが作ってくれたもの。すごくおいしくて可愛かったので、興奮して勢いでお話にしちゃいました。


2013,3,14りょうこ