夢駆け作者、氷の貴公子を説得する
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ケイマが指定した時間になった瞬間、騒ぎが起きたらしかった。というか、起こっている。この屋敷にある鳴る時計全てが音を立てたように、あちらこちらからけたたましい音が聞こえる。目覚まし時計のベルの音、アナログ時計の鐘の音、しまいには恐らく彼らの持つスマホのアラーム音。うるさいぐらいの音だ。おそらくこの屋敷にいる人間は全てその音がする方向を見るだろう。それはおそらく、どこかにいる菅俣ちゃんの見張りもそうだろう。目の前の彼らもそうだった。私と言えば結構真剣に身に覚えのない商談の質疑応答をしていたのだが、彼らのスマホが鳴る音で私も顔を跳ね上げたのだ。
「アラーム?」
「設定した覚えがない……」
「んー、これ、誘導だとおもうなー。行こう、主、ボスの機嫌がちょーわるになっちゃうよ」
その台詞に彼は「緊急事態だ、失礼する」と立ち上がり私の隣をすり抜けた。私はそれを作戦通り引き止めるとする。
「今から行っても遅いと思うよ、少年」
立ったその一言に中村くん改めコウヘイくんは足を止めたらしい。私は立ち上がって彼らに向き合う。帽子を被ったあの子――ハルが後ろに手を回している。
「――お前はまさか」
「少年、商談をしよう。こんな大人びた紙切れのことじゃなく、君自身のあり方のことで」
そう言って私は資料を投げた。紙の資料が宙を舞いカーペットに落ちていく。私はソファの背もたれに座った。彼はただただ目を見開いる。
「君には今二つの選択肢がある。一つは今のまま。君は今のまま裏社会で生きていく。殺伐とした大人の世界で生きていく。君が憧れたであろう平凡は君がしたことで二度と戻ることなどない。学友を誘拐してしまったからね。命令だからだろうけども、君は自ら憧れた生活を送るチャンスを潰してしまった。いや、戻る方法はあるにはある。菅俣ちゃんを殺せば何食わぬ顔であの学校生活には戻れるだろうね。君の精神が持つかはさておき」
ツラツラと語る。彼は眉間に皺をよせた。そして私を嘲笑うように口を開く。
「ミドリ、冥土の土産に教えてやろう。俺はこの世界で生きる運命なんだ。俺は俺の日常に戻るだけだ。残念だよ、お前とは仲良くできそうだったのにな」
そう彼が手を上げる。やはりハルが銃を私に向かって構えた。
「そう結論を急ぎなさんな。君には選択肢が二つある。もう一つを聞きなさいよ」
やれやれと肩をすくめる。
「キミがそれを飲めばまた非日常にもどる。菅俣ちゃんには謝らなきゃいけないけど、他の生活は元に戻る。ただ、上手い話には裏があるわけでして」
「――お前の恋人役をしろと?」
「そうじゃないよ。ホントませてんね。ストレートにいうとね、二人とも一緒に怪盗やらない?って話だよ」
彼らはまさかの提案だったのか私をみた。私は言葉を続ける。
「どう?面白い提案じゃない?」
「盗人に加担しろと?」
「怪盗と盗人を一緒にすると痛い目見るよ。言ってしまえば小一時間以上は怪盗の美学談義に付き合わされる。一緒になろうよ、誰かに夢を与えられる存在に」
そう言って彼に手を伸ばす。握手を求めるように。転倒した人を助け起こすように。彼は迷ったようにしばらく見つめた。しかし、扉が開いた音で彼は我に返ったらしい。扉の先にいた知らない人は私に向かって銃を向ける。おっとこれはつんだ。彼が引き金を引くのははやく、私は撃たれた衝撃で後ろに倒れていく。痛い。主に左の胸が。彼が目を見開くのがスローモーションのように見えた。カーペットに倒れる。日本語じゃない言葉が聞こえて、遅れたように日本語が聞こえ始めた。
「おい、やばいぞ、コウヘイ」
「どうした?」
「あのお嬢ちゃんがいなくなった。そのうえに、データも資料もパーだ!このままじゃ本部のお怒りを食らう!俺たちは皆殺しに違いない!」
物騒な会話である。まぁ、確かに盗人――げふんげふん、怪盗に盗みに入られた上に荒らされちゃ意味はないよな。会話を聞くに私は完全に死んだ扱いだろう。そう思って話すコウヘイくんと下っ端(仮)を見ていればハルと目が合った。にこりと笑って唇に人差し指を当てる。彼もしくは彼女は目を瞬いて素知らぬ顔をしてくれた。良い子だ。私はポケットからケイマにもらった銃を取り出す。コウヘイくんは後ろを向いているし、下っ端(仮)からすれば丁度テーブルで視覚になっている。
「逃げ――」
「られると今困るんだよなぁ」
確か麻酔弾になる1を押して下っ端にむかって引き金を引く。ふにゃあと言う声を上げて倒れた彼に私はのそりと立ち上がった。
「今大事な商談中だから黙って欲しい」
「――お前、なんで生きてんだ」
「――アンデットってやつ?」
真面目にそうつげだハルくんちゃん――本気でどちらかわからないからこれでよしとする――にコウヘイくんが突っ込んだ。
「そんなわけあるか」
「今日の占いで胸元にスマホ入れとけよって言われてたから」
漫画みたいな話であるが、どうせ私の夢の中の話なのだ。胸ポケットからスマホを取り出せば彼らは目を瞬いた。周りからは銃撃戦のような音さえも聞こえてくる。警察もくる予定なのにド派手というか馬鹿というか。
「で、どうする?貴公子さん。このままここにいたらどうなるか、なんて大人みたいに賢い君はわかるでしょう?」
そう言って私はまた彼に手を伸ばす。彼はハルくんちゃんを見下ろした。
「好きにすればー?こっちは主が主の限りついてくだけだよ」
「少年、時間も世界も待ってくれないよ。チャンスはつかみ取れ」
彼は一度目をぎゅっとつぶる。何かを押しつぶすように、何かと区切りをつけるように。そうして、「ああ」とうなずいて笑って見せた。
「俺はミドリと一緒に行く」
その顔は何処か年相応な物に見えたのだから不思議な物である。