それは八月下旬の夕暮れ時。
ひぐらしの鳴き声に物悲しさを覚えるようになった頃のことだ。
今年のお盆は長期間特別任務が入ったため、お墓参りが出来なかった。なので時期は過ぎてしまったけれど、今日は改めてシロも連れてお墓参りと掃除にやってきたというわけだ。
因みに近侍は変わらず薬研。シロの護衛として大和守と加州についてきてもらった。この二人はもう固定ですね。
いつものお花屋さんのおばあちゃんのところに行きシロを紹介すれば、サービスだと言ってシロに鬼灯をくれた。赤くてぷっくりとした大振りの鬼灯。シロは大変お気に召したようで、お墓参りを終えた帰りでもずっとそれを眺めてはニコニコと笑っている。
シ「でも、どうして鬼灯なのかな?」
大和「どうしてって?」
鬼灯のひとつに手を添えて誰に言うでもなくシロがそう口にすると、何を不思議がるのかと大和守が首を傾げる。
彼女が嬉しそうだったから私も黙っていたけれど、あのおばあちゃんはサービスと言って客に鬼灯を渡すような方だっただろうか?
確かに私も多少なりとも落ち込んでいたりすれば、元気付けるような花言葉の花を貰ったことはあった。
でも今日は、初対面のシロに鬼灯…?
シ「鬼灯の花言葉には、"心の平安"とか"自然美"とかもあるんだけどね。でも一般的に知られてるのは…」
クロ「!?…シロ、ちょっと待って」
ほんの一瞬だけ嫌な感じがしてシロたちを引き留めた。何がと問われれば答えられないのだけど…、背筋を冷たいものが這っていくような…。
何かが近づいてきた?
薬「!大将、前から誰か来る」
いち早くそれに気づいた薬研。その鋭い視線の先には一人の女性がこちらに向かって歩いてきていた。
加「一般人かな?」
大和「たぶん…。僕は何も感じないんだけど…」
薬「どうする、大将?」
クロ「…このまま、近くにいてください。シロ、もし何か聞かれても…」
シ「知らぬ存ぜぬ!」
クロ「良い子」
私も彼女からは何も感じられない。もし彼女がただの一般人であったなら、私の周りに薬研たちがいたところでその姿は目に映らないよう呪をかけてある。一般人でとても目の良い方だったとしても、そういった類のものなのだと認識してくれる筈だ。
如何なる時でも油断してはならない。敵はいつ、どこで、どんな攻撃をしてくるかわからないのだから。
シロと手を繋いでなるべく自然に、普通の速度で歩く。彼女との距離が一歩進む毎に近づいていく。
もう少しで擦れ違う。そんな絶妙な距離まで来た時だった。
「すみません」
クロ「はい?」
話しかけられてしまった。やむを得ず立ち止まり、背の高いその人を見上げる。165cmくらいあるだろうか? モデルのような美人さんだ。
外見は、肩までの白に近い金髪に、垂れ目で赤茶の瞳。しかし何故だろう、光が無く濁った瞳だ。好きになれない。
色っぽく艶々した真っ赤な唇が微笑を湛え、ゆったりと言葉を紡ぎ出す。
「つかぬことをお訊ねしますが、赤毛の男の子をご存知ですか?」
クロ「赤毛の男の子?…迷子でしょうか?」
「いいえ、そこまで幼くはありません。知り合いで捜しているのですけれど、見つからなくて」
彼女は肩掛けバッグから何かを取り出すと私に見せてきた。
学ランを着た中学生の男の子の写真だ。
クロ「…………」
「それは十年くらい前でしたかね。この辺りに住んでいた筈なんですけど。彼は"篠坂優雅"。ユウくんって、私は呼んでいます」
聞き覚えの無い名だ。それに、写っている彼の様相からして良い環境で育った子ではないように見える。
着崩していて伸びきった髪も整えられていないし、口元には殴られたような傷痕。兎に角、"不良"という言葉がしっくりくる出で立ちだ。