瑪「はぁ…。ま、ぐずぐずしててもしょうがないか。次は中を調べよう」
『はい』
気を取り直して建物の入り口へと近づいていく。本来なら引き戸があるはずのそこは、何かが突進でもした後のように戸が外れて空洞になっている。
倒れている戸は真っ二つ。
明らかに何かいますね、ここ。出来れば″いる″ではなく″いた″であってほしい。
中を覗くとこれまたボロボロになった玄関がお出迎え。壁は引っ掻き傷のようにバキバキだし、足元にも物が散乱していて歩きにくい。
唯一の救いはどこの本丸も中の造りまで同じであること。無駄に広い本丸で地図が無くとも進みやすいのはちょっぴり嬉しい。
玄関を過ぎれば左右に分かれた廊下がある。どっちに行っても階段があって、上は五階まで。一階の一番奥が離れだ。
瑪「手分けしようか。俺たちは五階から順番に下りてくるから、クロちゃんは一階から登っていって」
『はい』
一階ずつ調査が終わったら連絡を入れると決めて、瑪瑙さんたちは先に階段を上がっていった。
『今剣は私が良いと言うまで刀のままでいてください』
今《はい》
『さて、行きましょうか』
小夜「うん…」
気を引き締めて真っ暗な廊下を進む。夜目が効いてても動きにくいのは、そこら中に転がる木片や倒れている障子や襖のせいだろう。
薬「短刀部隊にしといて正解だな」
乱「ほんとだね。鯰尾兄たちだったらもっと歩きにくかったかも。そう考えると瑪瑙さんたち大丈夫なのかな?」
『上の状態にもよりますね。一階だからこんなに荒れている可能性もありますし…』
話しながら一部屋ずつちゃんと確認していく。と言っても殆どの部屋が開け放たれているから少し覗くだけで済むのだ。
厨、厠、鍛刀部屋、お風呂場に大広間。どこの部屋にも共通しているのは、″何か″が暴れたような爪跡があること。
薬「…刀剣の仕業じゃねぇな」
『ですね…。もっと大きい″何か″です』
一見すると虎の爪跡にも似ているけれど、その大きさは動物のそれより格段に大きい。肉体に食らったら一溜まりもないだろう。
周囲に警戒しつつ進み、やっと一階最奥の離れにまで到着した。
乱「一階はここまでで終わりだよね」
『はい。これと言って何もありませんでしたよね?』
小夜「うん…。爪跡くらい…」
瑪瑙さんに報告すると、彼らも五階の調査が終わったようだ。五階も特に何も無く、じっとりと湿った埃で床も壁も真っ黒な部屋があるだけだったらしい。
瑪「五階なら審神者の部屋かなーとか思ったんだけどね」
『違ったんですか?』
瑪「うん。使われた形跡も無い。たぶん審神者は全部屋使ってはいなかったんだろうね。四階以下は恐らく刀剣に割り当てられた部屋と、どこかに審神者の部屋がある筈だ。手入れ部屋と刀装部屋は三階。調査が終わったら手入れ部屋に集合しよう」
『了解しました』
残りは二階から四階。一番広い一階が何も無く終わったということは、″何か″と遭遇するなら少し狭い場所で…、最悪は戦闘になる。
小回りの効く短刀の彼らなら戦いに不利になることはまず無いだろうけど、問題はこの空気だ。一階を見回りながら思ったのは異常すぎるくらいに負の気が漂っていること。
ここに″何か″がいるとして警戒を煽りたくはないため浄化は後回しにしてきたが、出会した時にこれがどれだけ影響するものなのか。刀剣たちが負の気に引きずり込まれたらそれこそ最悪の結果にしかならない。
『薬研、もしこの上で戦闘になった場合の指示出しは頼んだ』
ならば、私は今剣を振るうより彼らのバックアップに回って空気の浄化をした方が効率が良い。瑪瑙さんへの連絡も私が鏡を使った方が早い。
薬「面倒みりゃ良いんだな?わかった」
薬研の頼もしい返事に頷き返し、私たちは更に上へと足を進めた。