今剣、乱、小夜には厚藤四郎を囲むように立っていてもらい、薬研によって仰向けに押さえ付けられた彼に近寄ればその紅い瞳と目が合った。
厚「サ……に…ゎ………さに……ワ……っ」
『…………』
睨んでくる厚藤四郎の瞳から零れていく涙。しゃがんで彼の頬を伝うそれに触れれば、頭に映像が流れ込んできた。
優しかった主。
一期一振。
その他、たくさんの仲間の笑顔。
厚「コ…ろ……っ…ころ……ス……!」
狂っていく主。
折られ消えていく一期一振。
手を伸ばされて覚悟した厚藤四郎。
しかし…
『貴方は…』
そうか。だから彼はここに…。
厚「コロスッ!!」
『すみませんが、殺されるわけには参りません』
乱暴だが左手で彼の顔を鷲掴み、右手は人差し指と中指を伸ばして彼を誘き寄せるのに使ったソレを挟んで額に添える。厚藤四郎と共に優しく笑う、彼の写真だ。
『(…力を貸してください。一期一振)』
貴方の弟を救う力を…
『少々、ご辛抱ください』
グッと右手に力を入れ、ありったけの霊力を彼に注ぎ込む。
厚「グぁアあぁアアぁぁアアああああ!!!」
耳をつんざくような咆哮。霊力を押し返そうと溢れてくる邪気が、まるで真っ黒い電撃のようにビリビリと迸る。
『(もっと…)』
暴れる厚藤四郎を薬研が押さえ込む。
もがき苦しむ彼の体格が良いのもあるからか、薬研の全体重をかけてでも押さえるのは思った以上に困難なようだ。
私の霊力だって注いでいる半分は押し返されて、邪気と共に蒼白い閃光が体外へと弾かれる。弾かれても空気の浄化にはなっているから無駄ではないけれど、やはり″首輪″がある分やりづらい。
でも、だからって…
『…負けない』
絶対に負けてやらない。
溢れ出てくる邪気が鋭く尖って私たちの頬や腕、脇腹を掠めていく。服の割けた所がピリピリするけれど霊力を注ぐ力だけは緩めない。
彼に触れていて頭に流れ込んでくるそれは、本来表にあるべき彼の心。
──たすけてくれ…
──いち兄を…
──みんなを…
──俺たちの大将を…
──この…本丸を…
『大丈夫です。貴方の大事なものは皆救います』
厚「ア……ぁ…………ッ!!!」
『いきますよ』
「「「「はあッッ!!!」」」」
ドッと押し寄せてくる神気。先程審神者にやったことと同じく、私たちを囲んで自身を地へと突き立てる三人の短刀たち。薬研も直接触れている手から厚藤四郎へと神気を注ぎ込み、凄絶な光が彼を包む。
瑪瑙さんもこれが合図だとわかったのだろう。彼らが陣を張って神気を送り込むのと同時に彼も桜の木へと霊力を流し入れ、そこから清浄な力が大地を通って染み渡っていく。
それと共に私の霊力も乗せて増幅させれば、残っていた時間遡行軍も浄化されて消えていった。
ビリビリと痺れて感覚がなくなってきた手。しかし、だからこそその手に集中すると、叫ぶ厚藤四郎の口から黒い靄の塊が飛び出す。
一旦上空へと飛び上がったソレは、そのまま何処かへ逃げるかと思いきや真っ直ぐに私へと降ってきた。
凝り固まった負の感情。神の力を宿したソレは独自の意思を持っているのか先端を鋭く尖らせる。ただの感情だと侮ってはいけない。貫かれれば怪我では済まないだろう。
『…………』
でも、ソレが目前へと迫っているというのに私は恐怖するよりも安心していた。
″守る″と言ってくれた彼の気配が、一番近くにあったから。
薬「ずえりゃッ!!!」
瞬時に抜刀した薬研の手によって、空気を裂くように、しかし確実にその靄は仕留められた。
黒々としていたソレは浄化されて光の粒子となって消えていき、厚藤四郎を覆っていた白い骨のようなモノにもバキバキと皹が入って崩れ去る。
本来あるべき姿に戻った彼は疲れたのだろう、添えていた手を退ければ安らかな顔で眠っていた。
乱「主さん」
今「あるじさま」
小夜「主…」
薬「終わったな、大将」
『…はい』
辺りは朝の日差しと静寂に包まれ、ふわりとそよいだ風が私たちの髪を撫でていった。
長かった夜が、終わった。