火が小さくなり、プスプスと音がするそれに水をかけて完全に鎮火させて終了。残ってしまったそれらは明日にでも地面に埋めてしまおうと決め、私たちは本丸の中へと戻った。
すっかり夜になってしまったな、と思いながら前任の部屋に行き、襖を閉めてから一度深呼吸。右手の人差し指と中指を揃え「禁」と唱えれば、襖はぴったり閉まったまま開かなくなった。
それを確認すると、端で見ていた三人は安堵から溜め息を吐いて微笑んだ。
三「やっと…解放された気がするな」
鶴「ああ。だが、やるべきことはまだこれから沢山あるぜ」
薬「ありがとな、大将」
『どういたしまして』
元はと言えば私がこの部屋を残したくなかったのだから、お礼など必要ない。そう言おうと思ったけれど、彼らがこれで救われたと言うのなら、素直に受け取っておこう。
薬「大将、この後は何かやることはあるか?」
『おじいちゃんの手入れをします』
三「は?」
怪我してないとは言わせない。服でうまく隠されているけれど、歩く時やさっき私の頭に手を乗せた時にほんの少しだけぎこちなさが見えた。
『本当はさっき「よろしく」と言った時点で治そうかと思いましたが、資源をあそこまで運ぶのは手間でしたから。火をそのままにして手入れ部屋に行くのも気が引けましたし』
だから戻ってから手入れしようと思ったのだと言えば、三日月は「バレておったか」と苦笑した。
三「なに、俺の場合は出陣で受けた傷ではないからな。主の浄化した空気を浴びていれば徐々に消えていくと思うのだが」
『怖いですか』
三「…………」
三日月の笑みが僅かに強張った。図星ということだろう。果たして前任が彼らに手入れを施したことがあるのかは知らないが、身を預けて受けた仕打ちを思えば″手入れ″と聞いて身構え、恐怖を覚えるのは当然だろう。
でも、ここで私も簡単に引き下がるわけにはいかない。
『三日月』
三「!」
『貴方が私に触れられることを望まないのであれば、貴方の言う通り自然に治るのを待ちましょう。でも契約を結んだ以上、貴方も私の刀なのですから』
三「っ!」
『私は手入れさせて欲しいです。貴方の傷は私が治します。心に受けた傷を癒すのは時間が掛かるでしょうけれど、せめてその身に刻まれた傷だけでも…、治せる傷だけでも、すぐに治させては頂けませんか?』
迷いの無いまっすぐな瞳。鶴丸と薬研から聞いた通り、その表現が正しいと三日月は思った。
″三日月″と呼ばれ、自然と背筋が伸びたのは彼女の声が鈴の音のように透き通って聞こえたからだろうか。″おじいちゃん″という親しみを込めた呼び方では無く、″三日月″と呼んだのは彼女が誠意をもって手入れを志願している証拠だ。
「怖いか」と聞かれ、返答が出来ずにいれば肯定ととられるのは当たり前だ。主従契約を結んだのだから主の命令には逆らえないのを、この娘も知っている筈。
なのに彼女は「手入れ部屋に入れ」という命令は出さず、「治させてほしい」と願い出た。″命令″ではなく、″お願い″をされてしまった。
似ているようで違う意味合いを持つそれは、こうして付喪神として顕現して初めてのことだ。
前任の女は末端と言えど神を配下に置けるという優越感に浸っていたというのに、この娘にそんな素振りは全く無い。常に相手の気持ちを汲み取り、己の意思よりも相手の意見を優先する。
下手に出ているようで、しかしそれでも彼女自身の意思はいつも心の片隅にあるのだろうけれど。
まだ言葉を交わして一刻と経っていないが、三日月にも新たな主がどれだけ自分たちに気を配ってくれているのかがわかった。それと同時に、多少なりとも恐怖を抱いてしまったことに申し訳なさも感じ、「すまない」と一言謝る。
三「…頼んでも良いか、主よ」
『はい、勿論』
無表情だが優しさの含まれた声音。耳に心地良く響くそれは、確かに三日月の心を癒していた。