審神者が来た。この本丸の刀剣男士にとって憎くて堪らない審神者が。
部屋にやってきた女の審神者は殺気を浴びても顔色一つ変えずに中を見回していた。第一印象は人形みたいな奴だった。
和泉守の旦那が何しに来たのかと問えば、女はその場に正座して頭を下げた。それには僅かだが動揺した。今まで見下すような挨拶をする審神者しか現れなかったからだ。
『私は時の政府に、ここの後任の審神者になるように言われて来た者です』
黙っていると女はそう言った。その自己紹介で印象は最悪。
政府も審神者も刀剣男士の敵としか思えなくて、和泉守の旦那が不要だと言うと、殆どがそれに同意するように審神者を睨んだ。そんな気力すらも無い奴等はただ虚ろな目で見ているだけだったが。
これまで後任だと言って来た審神者は五人くらいだったか。奴等も同じように自己紹介していたが、どいつもこいつも殺気を浴びては怯え、手入れだと手を出してきた者は返り討ちにされ、早々に政府に取り合って去っていった。
どうせ今回もそうだろうと思って見ていれば、
『酷い仕打ちを受けてきたのはわかっています。だから私を信じなくとも結構です』
和「…は?」
『今日は、挨拶に来ただけです。出来れば手入れもさせてもらえたらと思いましたけど。
私はこれからこの本丸の浄化と清掃にあたります。もし身体が辛くなってきたら来てください。手入れしますから』
と言って、その通り誰にも手を出さずに頭を下げて去っていった。
潔い審神者の退場。迎え撃つ覚悟だったというのにこちらの気はさらりと躱され、暫く無言と放心状態が続いた。
薬「(前の審神者とは……違うのか…?)」
そう思ったのは俺っちだけじゃないだろう。まだ疑わしいが、困惑した表情をする者が大半だった。
それはいち兄も同じで、俺たち兄弟を護ろうと前で抜刀して構えていたが、予想外の審神者の反応で未だに納刀していない。
しかし、やがてふっと溜め息を吐くと納刀して振り向いた。
一「…みんな、無事だね?」
そう確認するいち兄の瞳は闇一色。淡い期待だと諦めている瞳だ。
俺たち短刀は、前任に何度も折られている。無理な出陣をして手入れもされず、折れては鍛刀し、無駄に霊力の高かった前任は記憶をも受け継がせた。
その度にいち兄は前任に頭を下げて、手入れしてほしいと懇願するも怒った審神者に目の前で折られる。
繰り返される地獄は今思い出すだけでも吐き気がする。
もうあんな目に合うのは御免だ。だから審神者が来る度に…手を出される度に追い払ってきたというのに、これはどういうことだ?
出陣させるでもなく、手入れするでもない。
本当に様子を見に来ただけのようだ。
三「鶴、何処へ行く?」
一番奥に座っていた三日月の旦那の声が聞こえ、見れば鶴丸の旦那が立ち上がっていた。
鶴「あの審神者を見張ってくる」
燭「なら僕が…」
鶴「光坊は重傷だろう。審神者が前任と同じだったらまた折られるぞ」
燭「…っ」
鶴「俺は夜の仕事ばっかだったからな…錬度は低いが。それでも偵察くらいなら怪我人よりこなせるぜ」
三「…戻ってくるのだぞ…必ず」
鶴「…ああ」
心配している三日月の旦那に力強く頷き、鶴丸の旦那は燭台切の旦那の肩をぽんと叩いて出ていった。
燭台切の旦那は悔しそうに顔を歪めているが、こればっかりは鶴丸の旦那の言う通りだ。重傷が今ここで動いたら勝手に折れるか、或いはあの審神者が悪者だった場合に折られるかのどちらかだ。
…だが……
一「薬研?」
薬「俺っちも見てくる」
一「!何を言ってるんだ!?」
俺っちが立ち上がるといち兄に猛反対された。当然だ。俺っちだっていち兄の前で何度折られたかなんて知れない。
再び同じ思いはしたくない。
薬「いち兄、俺たちは刀剣だ」
一「っ!」
刀剣を生み出すのは人間で、扱ってくれるのも人間。生まれたからには扱ってほしいと願っちまうのは刀の性というものだ。
それに、昔はそうもいかなかったが、今はこうして付喪神として顕現しているんだ。主人と成り得る人間を見極め選んだって罰は当たらないだろう。
一「さっきの審神者の態度が今までと違ったからって、前任と違うとは言い切れないんだよ?」
薬「わかってる」
だからこそ見極めたいんだ。自分の目で見て、主に値する人間なのかを。
すると、いち兄は渋い顔をしながら溜め息を吐き、今度は困った顔で少しだけ笑った。
一「…まったく、自分の意思で動くのは良いことだけど、薬研は変なところで頑固なんだから」
薬「…………」
一「…ちゃんと戻ってくるんだよ?」
薬「ああ。約束する」
そうして俺っちは鶴丸の旦那とは別の場所から審神者を見張ることにした。