万屋は時の政府が取り仕切っているお店で、当然結界も張られている。だからこんな所に敵が現れるわけも無いし、もし万が一のことがあってもそれは政府の責任ということになる。
『へぇ、こうなっているのですね』
翡「なんだ、クロネコは万屋初めてか?」
『はい』
隣に立つ翡翠さんを見上げて頷く。
本丸同様に和風な建物となっていて、店内は思っていた以上に広い。食材から文房具、衣類、園芸道具等々。品揃えも豊富で買わずとも見て回るだけで楽しそうな場所だ。
いつも買い出しは食事当番にお金を渡して任せている為、私がこうして買い物に出るのは初めてのことだった。
乱「あ!浴衣あったよ!」
次「ほぉ、結構色んなのがあるじゃないか」
加「主、何が良いとかある?」
『そうですね…』
次郎の言うように、色も柄も様々な浴衣が陳列している。それだけでなく足元には下駄が、隣の棚には帯や簪も揃っている為、目移り要素満載。
こんなに沢山の品物を見るのは初めてです。
瑠「コレなんてどう?」
「「『却下』」」
瑠「三人揃ってなんなのよ!?」
瑪「クロちゃんとその浴衣照らし合わせて良く見てみなよ瑠璃。クロちゃんのイメージに全然合わないからねソレ」
瑠璃の持つソレを指差して言う瑪瑙さんに翡翠さんも同意だと頷いた。
ギラギラのパッションピンクの布地に、ラインストーンで更にきらびやかに。ラメの入った刺繍は大小様々な薔薇を描いている。
貴女が着るなら似合うかもしれませんけど、私には無理です。派手過ぎます。
瑠「むぅ…じゃあコレ!」
『赤紫に蝶。またラインストーンとラメ付き…』
それに何ですか、この丈の短さは…。もうちょっとで下着見えてしまうのでは?
胸元までこんなに広く開いててて良いんですか?
寸法合ってるんですか?誰が着るんですかコレ?
瑪「なんかエロいね。決めるのはクロちゃんだけどコレはちょっと…」
『私も嫌です』
翡「お前マジでセンスねぇな」
瑠「なによ!なら翡翠はどれが良いと思うわけ!?」
翡「クロネコなら赤より青だろ。涼しげなのにすんなら水色とか、思いきって白とか。それに、柄は菖蒲が良いんじゃね?」
加「菖蒲?」
翡「必勝とか礼儀正しいとかいう意味があんだよ」
乱「そうなんだ!なんか主さんっぽいかも!」
翡「あとは魔除け効果もあった筈だな」
次「つまり祭りで浮かれた虫(男)除けにもってこいってわけだね!」
翡「いや、そこまでは…」
次「よぉし翡翠!あっちで主の浴衣見繕うよ!」
加「レッツゴー!」
乱「行こー行こー!」
翡「ちょ、おい!」
刀剣三人により翡翠さんは浴衣コーナーの奥へと引きずり込まれていった。その後を追うように瑠璃も負けじと浴衣の海に潜り込んでいく。浴衣落として汚さないか心配です。
それにしても、翡翠さんは顔だけ見ると無愛想で強面の部類に入るのに、意外と刀剣受けは良いらしい。
『ちょっと驚きました』
瑪「ああ、翡翠?根は結構繊細な奴だからね」
『もっと大雑把なイメージ持ってました』
瑪「あんな見た目してればそうなるよね。でも、本質は隠せない。刀剣たちはそれを見抜いてるからついてってくれるんだよ。それは勿論、俺たちの刀剣たちだってそう」
『…ですね』
有り難い話だと思う。本来あるべき自分を見てくれる人がいるのは。
本心はどんなに上手く隠そうとしても、ずっと隠し通せるものではない。心のどこかでは誰だって本当の自分を見つけて欲しいのだ。素直になれない人ほど、それは行動や言動になって表れる。翡翠さんの場合は後者だったようだ。