瑠璃様との報告会から数日。あれから特別任務が発生することは無く、通常の任務をこなす日々が続いている。
梅雨のジメジメした生温い空気が肌に纏わりつき、季節は夏へ移り変わろうと準備を始めていた。空は薄暗い雲で覆われ、今にも雨が降り出しそうだ。
『…?』
文机に向かって書類を纏めていると膝の上に何かがもぞもぞと乗っかってきた。
手を止めてそろっと見下ろせば五虎の小虎。あの食いしん坊のコだ。
『どうしたんです?五虎がさがしてるんじゃないですか?』
筆を置いて背中をそっと撫でてあげると、私のお腹に頭をグリグリと擦り付けて、太ももをグムグムと踏み、くすぐったいなぁと思っていたら丸くなって眠ってしまった。
すぴーすぴーと寝息が聞こえてくる。時々頭を抱えるようにしてググッと縮こまるその様子は物凄く可愛い。
『(…癒しですねぇ…。………おや?)』
背中の模様に混じって小さくて粒々したものがある。つまんでみると林などでよく見かけるくっつき虫だった。
毛を掻き分ければ出るわ出るわ…。どこで遊んで来たのやら。
『…仕事の区切りも良いですし、毛繕いしましょうかね』
猿の母親になった気分だ。テレビでしか見たこと無いけれど、確かこんな感じだったような…。
小虎は嫌がるでもなく気持ち良さそうにお眠りになっている。起こさないように全てのくっつき虫を取り除いて最後にひと撫ですれば、元通りの綺麗な毛並みに戻った。
『…終わりましたよ。五虎のところに帰りましょうか』
刻「クロちゃ〜ん!」
乱「主さん!!」
五「主様っ」
廊下から慌ただしい足音が聞こえ、開けっぱなしだった障子から顔を出したのは刻燿と乱、泣き顔の五虎だった。
やっぱり小虎をさがしてたんですね。でもそれにしては顔面蒼白というか…、顔色が悪いような。
刻「あ!虎はこっちにいたんだね〜」
『はい。どこかで遊んできたようでぐっすり眠っていますよ。お返ししますね、五虎』
五「あ、ありがとうございます…!あと、あのっ」
乱「主さん一緒に来て!大変なの!」
『何かあったのですか?』
『…………』
前「申し訳ありません、主君。少し目を離した隙に…」
乱に手を引かれて駆けつけた場所は手入れ部屋の一室。厚藤四郎様を休ませていた部屋だ。騒ぎを聞き付けた一期たち粟田口兄弟もその場にいる。
その布団は藻抜けの空。争ったような跡は無く掛け布団は人が起きた後のように残されている。
『…自力で起きたようですね。最後に見た者は?』
前「僕です。身体を拭くために桶と手拭いを持ってこようと離れたのですが…」
まさかその間に起きるとはと前田は険しい顔で布団を見下ろした。数日間眠っていた彼がたった数分離れている間に起きていなくなるなど、誰も思うまい。
刻「でね〜、クロちゃんなら厚くんがいるとこわかるかなぁ〜って」
『そういうことですか…』
私なら集中すれば自分の霊力を感知して足取りを追える。それで大急ぎで呼ばれたということらしい。
一「……厚……いったいどこへ…」
薬「いち兄、そんな落ち込むなって」
乱「きっとお散歩行っただけですぐ帰ってくるよ!」
鯰「もしかしたら馬糞集めに行ってるのかも!」
骨「…それは兄弟だけだろう」
前「主君っ!すみませんがいち兄の為にもお願いします!」
『はい(一期、消え入りそうですね)』
布団の横に蹲って影を落とす一期は短刀脇差の彼らよりも小さく見える。
あらあら小虎たちまで慰めにスリスリして。頭にまで乗っかって大変可愛らしいですが、このままでは一期が可哀想ですね。
『?』
足首にスルッと温かいものが触れた。見下ろしたらまたもや眠っていたあの小虎。貴方はよく私に触れてきますね。
しゃがんでみると小虎は私と目が合ったのがわかったようで、私に背を向けて数歩歩き、こちらを振り向いた。
『…………』
…ついて来い…と。
五「厚兄さん…、ここが嫌だったんでしょうか…」
『大丈夫ですよ、五虎』
五「主様…?」
ここが嫌だったなら、真っ直ぐに鳥居に向かって出ていこうとする筈。でも、彼がいる場所は…
『五虎。少しの間、このコをお借りしても?』
五「は、はいっ。大丈夫です」
乱「厚の居場所わかったの?」
『はい。薬研』
薬「なんだ?」
『あそこだと思うので、頃合いを見て連れてきてください』
薬「頃合いって、また大雑把な…。まぁ、わかった」
『では、ちょっと行ってきます。…案内、お願いしますね』
薬研にその場を任せて待ってくれていた小虎を抱き上げ、玄関で傘を片手に外に出た。
降ってくる前には見つけなければ。