本丸に数歩踏み入れたところで見えたそれ。一期が庇っている薬研藤四郎と、一期ごと斬り捨てようと刀を振り上げている男性。まだ私の存在には気づいていない。

止まりそうになる足を必死に動かし風の塊を男の手にぶつければ、持っていた刀は吹き飛んで何もない地面へと突き刺さる。



「!?」



驚き固まっているのを良いことに走ってきた勢いのまま男を蹴り飛ばした。



加「!あ…るじ…」


今「あるじ…さま…」



私の姿に気付いた刀剣たちは口々に私を呼ぶけれど、動くことはできずにいた。

彼らの奥に見える、ゴウゴウと燃え盛る炎が呑み込んでいるのは、今朝までずっと過ごしてきた本丸そのもの。真っ黒な煙を上げて、ガラガラと崩れる音まで聞こえてくる。近くの木々にまで燃え移り、綺麗に整えられていた芝生も黒く焼け焦げて…、見る影も無い。

外にいる顔触れからすると逃げ遅れはいないらしく、それに安堵するのも束の間。彼らは私が就任してから見たことがないくらい傷つきボロボロの姿をしていた。
それに、その光景があまりにも異常だ。立っている者、座っている者、それだけならまだ良いけれど…



何故、刀を抜いている?



何故、"仲間に"刃を向けている?



何故…



『……やげん…』



何故…人の姿をしていないの?

何故、今にも折れそうなの?



──ピシッ



一先ずは疑問を解消する前に彼らを解放しなくては。

目を凝らすと雁字搦めの糸が見えた。刀剣たちの首に巻き付いたそれらは、全て一ヶ所に集められている。

今さっき私が蹴り飛ばした男…



蘇「貴女が足技を使うとは想定外でした。もっとおしとやかな女性だと思っていたのですが。随分とお早いお帰りでしたねぇ」



スーツの埃を払う蘇芳さんの右手にずっと握られたまま。



『…………』



刀印を結んで胸の前から横に払うように切る。



『"解"』


「「「「「!!!」」」」」



糸が断ち切られ、自由になった彼らは自身の刀を取り落としたり、震える自分を抱き締めたり…。それは喜びからなのか、恐怖からなのか。

落ちている泥まみれのそれはシロが作ってくれた御守りだ。既に一度破壊まで追い込まれてしまったらしい。政府から出る前の胸の痛みはこれだろう。

そして守りのなくなった彼らが糸で操られ、仲間内で戦闘…。全員中傷から重傷。悲惨すぎる。



『"癒"』



応急処置として術で傷を癒す。

現状は頭の中では全て理解している。けれど、やはり頭で理解するのと心で受け止めるのとは違うものらしい。



刻「クロちゃん!」



私を心配してくれていたのだろう、刻燿は私に駆け寄るとぎゅううっときつく抱き締めてきた。



『…刻燿』


刻「っ、ごめんね、クロちゃん…っ守れなくてごめん…っ」


『これは確認です。全て…現実ですよね』


刻「…、…そう…だよ」



………そう。

現実…。

受け止めきれない大きな鉛が、重くのし掛かってきたかのような残酷な事実だった。

刻燿を宥め動ける者には時間を稼ぐよう指示し、今一番重傷な彼の元へと向かう。



一「主…っ、薬研が…薬研をっ!」


『落ち着いてください。すみません、私が…』



私が離れたばっかりに…。離れて…政府で倒れてしまったから、結界が緩んで敵の侵入を許してしまった。

一期が震える手で差し出す短刀。薬研藤四郎。

両手でそっと受け取りながら霊力を少しずつ負担の無いように与えるけれど、治した側からまた別の皹が入っていく。岩融の時のようにうまくいかないのは資材が無いからか。霊力だけで済ませるには薬研は重傷すぎた。



『…っ、折らせない』


蘇「無駄ですよ」



言った側から心を折るような言葉が投げ掛けられる。チラッと蘇芳さんを見れば、これまでにお会いした時と同じゆるりとした笑顔で立っていた。

今はそれが妙に腹立たしい。



『まさか貴方が敵側の人間だったとは』


蘇「ふふふ、笑顔は人を油断させるもの。こんなにも長い間騙し通せるとは私も思っていませんでしたよ。
薬研藤四郎…、その刀はもうダメです」



ダメ…



蘇「至近距離で左肩を撃ち抜きました。心臓を狙ったつもりだったのですが、さすが短刀といったところでしょうか、即座に反応して急所を外しました。ですがその背後から高速槍で腹をひと突き。すぐに人型が解け、今見ての通りボロボロです。刃物としてもう役には立たない。ゴミも同然ですね」


『……、』



ゴミ…



乱「薬研をゴミ扱いしないで!貴方さっきから何なの!?」


蘇「人間ですよ。そこにいる貴殿方の主、クロちゃんと同じ」


長「主を侮辱するのも大概にしろ!貴様と主が同じなわけがあるか!!」



ゆるりと話す蘇芳さんだけれど、吐き出される言葉は嫌な音となって響いてくる。耳障りで仕方ない。

乱に長谷部、皆さんの苛立ちや反論は私も同じく抱いている感情。

でも、そんなことよりも私は、今にもこの手の中で砕けてしまいそうな彼のことでいっぱいいっぱいだった。


 

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