俺は折れるのか?

こんなところで?





突然本丸に侵入してきた時間遡行軍と、そいつらを率いた蘇芳。奴の話を聞いて多少なりとも動揺した。大将の時間が元から狂っていたものだと。時の政府はそれを知っていながらずっと利用してきたのだと。



薬「(何だよそれ…)」



そんな勝手な話があって堪るか。大将が何したって言うんだよ?何故大将が…、あの子ばっかりがそんな酷い仕打ちを受けなきゃいけねぇんだ。


胸に沸いた怒りが膨れ上がる一方で、蘇芳が持ち出してきた取り引き。それは俺たちにとってかなり心を揺さぶられるものだった。

大将の過去改変。

それをすることによって、大将の中の時間は彼女が信じていたものに戻る。例えそれが世界中で間違った時間だとしても、彼女にとっての真実はそれなのだ。浮き出てきた痣も痛みも軽減される。

俺たちからすれば大将に異変が出る前の状態に戻るだけだが、こんなにもおいしい話があるものか。





『助けを乞えばそれ以上の見返りを求められる』





泣きながら話してくれた大将の胸の内。ずっと頼らずに生きてきた理由が…、あの声が頭の中に響いてきた。

うまい話の裏には何かがある。見返りを聞けば案の定出てきた良くない内容。





蘇「クロちゃんが欲しい」





冗談じゃない。
誰が大事なあの子をこんな奴らにやれるか。

聞けば大将の力は絶大だとか、時の政府も恐れているから首輪で繋いでいるとか…。確かに大将がこのまま政府に属していても幸せにはなれねぇだろうが、共通して言えるのはどっちも大将をモノとして見ていることだ。力だけを欲している。

大将が怖がるわけだ。こんな環境にいれば人間不信にもなって誰かに頼ろうとすら思えない。いっそ一人でいた方がマシだとも思っちまう。大将はずっとこんな奴らの中でたった一人で戦って生きてきたのだと思うと、彼女の生きる強さに感心しながらも悲しく思った。


取り引きはしない。はっきり断ると奴らとの戦闘が始まった。

蘇芳の服に着いているキラリと光る黒い物。それがバッチというものだろう。





『政府の人間はバッチをしてるだろう?階級の色って知ってるか?』


瑠「上から順に、紫、青、赤、黄、白の五段階。それに加えて紫の中でもエリートと定められた人だけが付けるバッチが黒」





厚の元主を陥れたのもコイツで間違いなさそうだ。

しかも政府の中でも最上級だった人間。そう易々と勝ち取らせてはくれない。



薬「くっ!」


一「薬研ッ!!」



遡行軍を相手にして視界の端に見えた拳銃。急所は外したが肩をやられたのはマズイな。出血も半端ない。



蘇「おや、心臓を狙ったつもりでしたが外しましたか。避けなければ楽に破壊されたというのに」


薬「っ、冗談言うな。俺は大将にここを任されてんだ。大将が帰ってくる場所なんだよここは。俺が倒れるわけにゃいかねぇだろうが!」



蘇芳に言いながら自分に説教するように吐き出す。ここを守るのが俺たちの役目だ。大将が帰ってくるまで…どんなに血を流そうともやられるわけには…



蘇「では、これならどうです?」



にこりとこの場に相応しくない笑顔を浮かべると蘇芳はパチンと指を鳴らした。

何が起こったのかすぐにはわからなかった。しかし聞こえてきたパチパチという音と焼けるような匂い。背に感じる熱に振り返れば、眩しいくらいの赤と黒煙。



薬「な…!」



やりやがった。俺たちの家を…大将の帰る場所を燃やしやがった!!



長「貴…様ッ!!」


蘇「ふふ、これでクロちゃんは居場所を変える選択ができますね。このまま政府に残るのか、私たちの元に来るか」


一「っ、何故です?何故主をそんなにも追い詰めるのですか貴方は?」


蘇「それは知らなくても良いことですよ。貴殿方も所詮はクロちゃんの所有物。彼女がこちらに来ると言えば従わざるを得ないのですから」


一「く…っ」


蘇「例えば…、こういったようにね。
"厚"、そのまま動くな。"前田"、厚を破壊せよ」


薬「!やめろッ!!」



叫び向かうが、呼ばれた二人は蘇芳の言霊にそのまま従う。無抵抗になった厚を前田が苦し気な表情で自身を振り上げて襲う。



厚「前田っ」


前「や、嫌だ!!厚兄さんッ!!」



こんなことあって良い筈がない。兄弟で…仲間同士で破壊し合うなんて、そんな酷い現実が…。


咄嗟に引き千切ったそれを厚に向かって力の限りに投げ渡す。










その直後、赤が舞った。










一「薬研ッ!!」


五「薬研兄さんっ!!」


乱「やげーーんッッ!!!」



……俺?

何故俺を呼ぶ?

なんでこんなにも静かなんだ?

競り上がってきた鉄の味とコフッと吐き出した血。見下ろせば自分の腹から突き出ている銀色の刃。

………槍?



薬「………ぁ、…」



ズルッと引き抜かれれば足から力が抜けて崩折れる。

霞む視界に映る五虎退や乱の泣き顔。駆け寄ってくるいち兄と厚。良かった、言霊は解けたんだな。厚はお守り持ってなかったから、間に合って本当に良かった。

あれには大将の真名も入っている。黙って渡すのは気が引けたが、俺の血で汚すよりはマシだろう。なんて言ったら怒るか?大将。



蘇「お勤めご苦労様でした。薬研藤四郎くん」



何言ってんだ?

俺はまだ折れちゃいない。こんなとこで折れて堪るかよ。目は霞むし身体に力は入らねぇけど俺はまだ戦う。大将を守るんだ。約束したんだから。

そう心で思うのとは裏腹に俺の身体は全く動かず、気付けば俺の肉体は無くなっていた。


 

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