何が起こったのかわからなかった。
気付いた時には薬研が間近に迫っていて、膨れ上がらせた力を意識的に押し留めさせていた。あのままでは溢れた霊力で薬研が怪我をしてしまうと思ったから。
薬研の姿が見えなくなって、トンッと押されるような感覚がしたと思えば腕を引かれ…、今私は彼に抱き留められている。これまで何度も私を落ち着かせ包んでくれた、優しい温もりに。
『やげ…』
薬「やっとだ」
『?』
薬「俺もこの時を待っていた」
俺…"も"?
そう言って身体を離した彼の手には綺麗に斬られた首輪…。
『…………』
そ…、と自分の首に手を当てれば、今さっきまで壊そうとしていたあの重いチョーカーが無くなっていて、直に自分の肌に触れた。
チョーカーが無い。
首が苦しくない。
身体が軽い。
自分で外そうとしていたのにいざその事実に直面すると戸惑った。否、薬研が外してくれたからか。彼の手を煩わせる気は無かったのに…。
…でも、彼がこの時を待っていたとはどういう…?
シ『クロ!!』
『ぇ…』
その声は…。
私を呼ぶそれはずっと待ち望んでいた子のもの。私の片割れ、シロの声だ。
見れば私が現世にやった第三部隊と瑪瑙さん、彼らと共に大和守に背負われた彼女が大きく手を振っていた。
加「間に合ったみたいだね」
大和「ちょっとシロ!落ちるって!」
シ『待たせてごめんね!もう大丈夫だよ!もう自由になって良いんだよ!クロ!』
『シ…ロ……』
自由に…?
……そっか、間に合ったんだ。
『…ほんと、遅いよ。もう』
でも、良かった。
これでやっと、全ての条件が揃った。
『ありがとう、薬研』
薬研もこの時をわかっていたのか。私を支えている彼を見上げると、彼は私の首にそっと手を添えて苦笑した。
薬「あと少し早ければ傷付かなかったんだろうな。痕は残らねぇだろうが…。すまねぇ」
どうやら私の首に傷があるらしい。十中八九さっきの電流の痕だろう。まだ少し痺れていて感覚はあまりわからないけれど、結果外せたのだから何も問題はない。
『謝る必要は無い。…これで思う存分力を発揮できる』
私を縛る枷はもう何も無い。
力を抑える理由も無くなった。
薬研から少し離れて自分の足で立つだけでも今までと感覚が違う。これは本当に私の身体か?今までのは何だったのかというくらい調子が良い。
さて、身体の感覚を取り戻すためにもまずは結界を張り直さなければ。
刻燿を握り直し、地に思いっきり刃を突き立て霊力を流し込む。
『"結"!』
ゴゴゴという地鳴りと共に入り込もうとしていた遡行軍は外へと押し出され、歪みがみるみる内に修復されていく。上空へと全体を包み込むように透明な膜が張られていき、薄暗かった空さえも靄が晴れたように美しい夕空へと変わっていった。
やがて地鳴りが止み完璧な結界が張り直せたのを確認して刻燿を引き抜くと、次に目につくのは私の刀たち。彼らの傷だ。
『"癒"』
印を組んだ左手をスッと横に薙げば、発せられた微風が戦っている彼らの依代へと霊力を運んでいく。すると瞬く間に傷が塞がり依代本体の輝きさえも取り戻され、戦う以前の彼らの姿へと戻っていった。
厚「!すげぇ…、疲れが吹っ飛んだ」
太「刀に触れずにここまで…」
次「…これが本来の主の力ってことなんだね。さあ!もうひと踏ん張りだ!!」
残る敵はあと僅か。結界も張れたから敵が増えることは無い。次郎の掛け声を皮切りに調子が良くなった彼らも全力を出して戦っている。誰もが力強い光を瞳に宿し、遡行軍を圧倒させていく。
その姿を見て手入れが行き届かなかった者がいないことを確認するとぽんっと頭に手が置かれた。
薬「大将も後で治療だからな?」
『そうですね。私もお手入れです』
薬「あんたの場合は"手当て"だろうが。
…さてと、俺も灸を据えに行くとするか」
頼もしい笑顔で駆けていく彼の背に私も気を引き締めて前を見据えた。