『はぁ…』


刻「クロちゃん、今の溜め息で三十回目だよ〜?」


『すみません…』


刻「ううん〜、大丈夫だよ!」


『…ありがとう。……はぁ…』


刻「三十一〜」



何故こんなことに…。










お茶の時間に鏡を忘れ、部屋に戻るとこんのすけがいた。真黒さんからの手紙を持ってきてくれたようでその中身を確認すると、個人の審神者として活動するにあたっての政府との関係を話したいという内容だった。本丸再建や審神者さんたちへの挨拶回り等何かと忙しかったから、この一ヶ月待っていてくれたのだろう。

ちょうど仕事の区切りも良いしすぐに行こうかと思ったところで廊下からバタバタと駆けてくる足音。

…このお転婆な感じはあの子しかいない。



瑠「クロ!!」


『廊下を走ってはいけませんよ、瑠璃様』


瑠「敬語と様付け禁止!!」


『走るな瑠璃』


瑠「それよりクロ!今面白いことしてるから早く大広間に来なさい!」


『(聞いてないな…)』



手を掴み引っ張る瑠璃にひとつ溜め息を吐く。彼女の言う"面白いこと"とは八割方"面倒なこと"だ。笑っている時は特に。

廊下を走らせない為にわざと体重を掛けながら歩くけれど、さてどうしたものか。このまま大広間に顔を出して大丈夫なのだろうか?妙なことに巻き込まれるような気がしてならない。

それに、できることなら真黒さんとの用をさっさと済ませてしまいたい。薬研を先に大広間に行かせたのは失敗だった。近侍として一緒についてきてもらいたかったけれど、彼は既に"面白いこと"に巻き込まれているだろう。傍観してるなら連れ出せるけれど瑠璃が逃がしてくれるとも思えない。「おにぃのことより!」なんて真黒さんをそっちのけにするでしょうしね。

……仕方ない。



『瑠璃、先にお手洗い行かせて』


瑠「えぇ〜?もう、早くしてよ!」



ちょうど厠の前を通り過ぎるところで一言そう告げ、一人で中に入ると胸ポケットからボールペンと人型の紙を取り出す。書き置きくらいしないと心配させてしまうでしょうしね。



『("政府に"…否、それじゃもっと心配させてしまうか)』



チョーカー云々の件があってまだ間もない。政府に呼び出されたとあればまた心配掛けさせてしまうのは想像に容易い。

かと言って、私が一人で外出することなんてこれまでには無かった為、良い理由が思い浮かばない。刀剣男士せめて一人だけでも呼び出せれば…。



『(……そうだ、刻燿なら…)』



あの子なら私の風ひとつですっ飛んできてくれるだろう。私が倒れた翌朝もそうだった。ずっと私が使っていただけあって私の霊力に敏感だから。

それなら理由は…



『("刻燿とお散歩に行ってきます。お夕飯までには戻ります。クロ"。これで良し、と)』



これなら私は一人にならないし、刻燿が一緒とあれば薬研だってそこまで心配はしないだろう。

早速その紙に霊力を宿し、身代わりの自分を生み出して外に行かせた。瑠璃は"面白いこと"について夢中で気づいておらず、さっさと身代わりの手を引いて行ってしまった。あの子は騙しやすくて良い。


誰もいなくなったことを確認して外出の準備をしようと部屋に戻る。すると、呼び出そうと思っていた刻燿がそこにいた。



刻「あ、クロちゃんやっぱりまだ行ってなかったんだねぇ〜」


『やっぱり?』


刻「ボクねぇ、厠行ってから大広間行ったんだけどぉ、なぁんか騒がしかったんだよねぇ〜。珍しく薬研くんが巻き込まれてるみたいだったなぁ」



のんびりと話す刻燿。薬研が巻き込まれているのに、その親友だと言う刻燿がここにいる。つまり大広間で起こっていることは刻燿が行きたくないくらい"面倒なこと"だ。私の勘がちゃんと働いて良かった。



『身代わりを行かせて正解でした』


刻「身代わり?」


『瑠璃に連行されそうになって嫌な予感がしたものですから』


刻「ああ〜、な〜るほど〜!破壊魔にはついてっちゃダメだよ〜?」



破壊魔…。

……さ、早く準備して出掛けよう。

真黒さんに呼ばれた旨を説明し、ついてきてほしいと頼むと刻燿は快く頷いてくれた。

薬研にも出掛けると言いたかったけれど、騒ぎの中に飛び込めるほど私は強くない。心の中ですみませんと合掌し、刻燿と共に政府へと向かった。


 

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