俺の名は三日月宗近。天下五剣の一つにして一番美しいとも言うな。十一世紀の末に生まれた。要するにまぁ、じじいさ。故に主からもおじいちゃんと呼ばれている。俺にとっては孫のように可愛らしい存在よ。
今日はそんな可愛い孫と、その恋仲である同胞、薬研藤四郎との間で起こった出来事を聞かせてやろう。
それはある日の演練後のことだった。
『今日はこれで終了ですね。では、真黒さんに報告書を出してきますので少々待っていてください』
薬「ついていくか?」
『いえ、すぐ済みますから大丈夫ですよ。薬研も休んでいてください』
薬「わかった」
いつものように、主は演練が終わると報告書の提出に向かう。主が無所属の審神者になったことでこんのすけが本丸を訪れることも殆ど無くなり、こうして演練を組まれた時に纏めて提出しているのだ。政府の所属から外れて良かったとは思うものの、少々面倒事が増えたな。
しかし主はこのことについて文句は一つも言わない。それはやはり、所属していた時と比べれば今の方が縛りが無くゆっくりと羽を伸ばせる時間があるからだろう。俺たちの前で微笑むことも増えた。あの笑顔が失われぬよう、俺たちも主の刀剣として精進せねばなるまい。
薬「…………」
三「どうした、薬研?そんな難しい顔をして」
薬研は主が去っていった方向を見たまま動かない。その眉間にはうっすらとだが皺が寄り、何か考え事をしているのは明らかだった。
薬「…いや、なんでもない」
三「そうか?」
乱「主さんのこと考えてるんでしょ?少し離れるだけでも心配?」
茶化すように口角を上げ目を細めるのは乱藤四郎。それに対し、薬研は別段怒るでもなく小さな溜め息を溢した。
薬「そんなんじゃねぇよ。ただ…」
三「ただ?」
薬「…最近、報告書提出すんのは決まって俺たちが演練終わった後だろう?それが引っ掛かってな」
乱「?それって気にすること?」
薬「初めの頃は休憩の合間にさっさと提出してたんだよ。大将は自分の時間が減ることを嫌うからな」
三「ふむ…。言われてみれば確かにそうだな」
その頃のことは俺も覚えている。主は少しでも時間があれば済ませられる用事を終わらせてしまう子だ。特にここは政府の敷地内。そう長居をしたくないのは主も俺たちも同じ。
だが薬研の言ったように、ここ最近書類提出は演練後。休憩時間は変わらずあるというのに、その時間は俺たちと他愛もない話をして過ごしている。
単なる主の気紛れか。他に何かをしているのか。
何かあるのなら…、もしもそれが薬研にも知られたくないことならば連れていかないことも頷ける。
『お待たせしました』
乱「!主さん」
ちょうどそこへ戻ってきた主。特に変わった様子は無い。主本人が現れて肩をビクつかせた乱に主は小首を傾げた。
『どうかしましたか?』
乱「ううん、なんでもないよ!もう帰れるの?」
『はい、大丈夫です。帰りましょうか』
乱「うん!」
乱が主の腕に絡み付いて引いていく。その後ろ姿に憂いを帯びた瞳を向ける薬研。
三「主に直接聞いてみたらどうだ?」
薬「この間の演練の時に一回聞いた」
三「したら、何と?」
薬「休憩時間中だと真黒ともそんなに話せる時間が無いから、だとさ」
三「ふむ…」
義兄と話す時間か。
主と真黒は不仲というわけではない。主自身も警戒している様子は無く、政府内部の情報共有などは奴から聞いているのだとか。どこまで信用できる男なのかは知らんが、主は過去に何度も人間に虐げられてきた子だ。人を見極める瞳は誰よりも優れていよう。
義理とは言え兄と世間話でもしているのか?
しかしそれにしては戻ってくるのが早すぎる気がしなくもない。主が報告書提出と言って戻るまで、時間にして十分も掛かっていないだろう。休憩時間だけでも事足りる。
三「浮気か?」
薬「大将がンなことするわけねぇだろ」
三「はは、すまんすまん。冗談だ」
あの主に限ってそれは無い。本丸ではこの上なく薬研と仲睦まじく幸せそうにしておるのだからな。他の男が入る隙などどこにも無い。
そうなるともう俺たちでは考えが及ばんな。
薬「ま、もう一度大将に問い詰めることにする」
三「程々にな」
俺も少し気にしてみることにしよう。