乱「主さん、ここはこれで良いの?」


『…はい、大丈夫ですよ。ありがとうございます』



乱が持ってきた書類に目を通し、政府行きのファイルに纏めていく。慣れない書き物作業をしたからだろう手を墨で汚した彼は、どういたしましてと言うと軽く伸びをした。

薬研が修行に旅立ってそろそろ丸一日が経過しようとしている。今日の近侍代理は乱、厚、小夜の三人。薬研が懸念していた近侍は、彼自身に代理を立ててもらったのだ。彼の帰還は四日後。それまでの三日間は毎日交代で数人ずつ近侍を勤めてくれるらしい。



乱「薬研、今頃どんな修行してるんだろうね?」


『どうでしょう…。乱は先に行きたかったですか?』



本来なら先に立候補してくれた乱たちから順に行ってもらうべきだったのだろうが、薬研が行くと言い出したら三人とも快く譲ってくれた。私が近侍を変えるつもりが無いことも知っているからか、最初に行かせた方が良いと判断したのだろう。

でも、そんな彼らは実際のところどう思っているのでしょう?先を越されたと思うのか、羨ましく思うのか…。

手の墨を擦り落としながら乱はくすりと笑った。



乱「行きたかったけど、でも良いの!薬研が先に強くなって主さんの近くにいてくれた方が、ボクが修行行った時に安心するしね!」


『そう…ですか?』


乱「うん!たぶん厚と小夜もそう思ったから譲ったんだと思うよ。なんだかんだ言ってここの刀剣の中では薬研が一番しっかりしてるし」



そうなのか。納得しているのなら構わないけれど。

でも言われてみると確かにリーダーシップをとれているのは薬研だし、彼が先に極になってくれると私も心強い。彼が模範として前に立ってくれたら乱たちも目標ができる。最初こそ行くことを渋っていたけれど、彼の言った通り兄弟に笑われないように道標になってくれたらと思う。



『早く見てみたいですね、極の薬研』


乱「う〜ん、でもまだ帰ってこなくて良いかな」


『まだ?』


乱「だってさ、帰ってきたら絶対主さんのこと独り占めするもん! 代理でもせっかく近侍になれたんだから満喫しなきゃ!」


『成る程…』



乱らしいですね。そして自惚れるわけじゃないけどなんとなくわかる。行くときも離れたくないって言ってくれましたしね。

思い出して苦笑していると廊下からパタパタと足音が近づいてきた。



厚「大将! 薬研からの手紙だぜ!」


『!』


小夜「今こんのすけが持ってきたんだ」



手紙…。ちゃんと書いてくれたんですね。
厚と小夜から受け取ったそれには"大将へ"と見慣れた男らしい字で書かれている。



乱「あれ、薬研ってそんなに字上手だったっけ?」


厚「俺も思った。もっと汚かったと思うんだけどな」


『間違いなく薬研の字ですよ。いつも書類書くの手伝ってくれてますから、知らぬ間に上達したのでしょう』


乱「むむむ〜っ近侍の特権か! 修行までに字の練習しよう」


小夜「僕も練習しよ…」



乱の瞳にメラメラと炎が見えます。小夜まで闘志を燃やす場所が違いませんか?こういうものでも目標ができるのですね。

手紙を開き、さらさらと書かれた字列に目を通す。





──大将へ

よう大将。元気か。
俺は今、安土だ。修行がてら昔の主のところにいるわけだな。





『昔の主…』



安土…ということは織田信長のところですね。

まるで目の前で語りかけてくれているような文だ。初めての手紙に彼なりの気遣いが伝わってきてこれだけでもほっこりする。





──他の刀連中や後世の人間は必要以上に持ち上げたり、恐れたりしているが、俺からすれば極めて常識的な、普通の人だよ。
まあ、当時の感覚では、という但し書きはつくかもしれないが。





『…………』



そういえば、薬研から前の主について語られることはありませんでしたね。

現世で伝わる織田信長。長谷部や宗三が語る織田信長。私が知る織田信長はそういった伝承からのイメージしかなくて、魔王だとか言われていることからも怖い人物像が出来上がっている。

ある文献には家族に手厚いだとか女性を重視していたとかも書かれていたし、怖いのか優しいのか…。それは彼の懐にいた薬研にしかわからないことなんだろう。



乱「主さん?」


厚「薬研は何て?」


『以前の主の元で頑張っているようです』



丁寧に折り畳んで引き出しに仕舞う。
あとで返事を書くときに訊ねてみよう。

縁側に出て空を見上げると、うっすらとかすみ雲が掛かっていた。天気が悪くなりそうですね。



『乱、厚、小夜。雨が降るかもしれないので洗濯物を取り込みに行きましょう』


乱「はーい」


『それと、鍛練に付き合って頂けますか?』


小夜「貴女がやるの?」


『はい。うかうかしていたらこの四日間で薬研が強くなり過ぎてしまいますから』


厚「それって良いことじゃねぇの?」


『良いことですけど、一緒に戦場に立つ為には私も強くならなければ。足を引っ張りたくはないですからね。私も極めないと』


乱「あはは、主さんらしいや! よし、ボク手洗ってから行くね!」



部屋を出ていく三人を見送り、姿が見えなくなったところで一度先程の引き出しを見やる。



『…………』



貴方は今、どんな思いで修行しているのですか?
前の主は懐かしいですか?
…過去を救いたいと願うのでしょうか?

聞きたいことは山ほどあるけれど、それは貴方が決めることですね。私は貴方が帰ってきた時の為にお家を守りましょう。



『(そしてまた、貴方に背を預けて戦いたい)』










頑張ってくださいね、薬研。
私も頑張ります。


 

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