僕たちの主様は強い。
『今日の第一部隊は薬研藤四郎を隊長に五虎退、鯰尾藤四郎、骨喰藤四郎、乱藤四郎、一期一振。十時から私と共に演練に行ってもらう』
朝礼で主様はいつもと違う"主様"としての口調でそう宣言した。
僕のことを"五虎退"と呼ぶのは、命令される時や刀として呼ばれる時だけ。滅多に命令はされないけれど、こうして主様からちゃんと号で呼ばれる時は自然と背筋が伸びる。
刀の本能というものだろうか。戦うのは怖いけれど、最近は主様のために戦えることに、ほんの少しだけ喜びを感じるようになった。
五「(前までは、怖くて震えていることしかできなかったのに……)」
目に涙を溜めて、兄さんたちや皆さんが戦う姿を見ては凄いなって思って……。でも僕にはできないって、自分を卑下していた。
もっと言うと、今の主様が来る前……、前任様の時は沢山折られてまた呼ばれての繰り返しで、その度に「また五虎退……」って溜め息を吐かれていた。主様に呆れられてしまって、気弱な僕は「すみません」としか言えなくて、更に自信を無くしていた。
そんな前任様がいなくなって、今の主様は僕たちを手入れして大事に使ってくれる。あの頃よりはだいぶ自信がついたと思う。沢山笑えるようになったし、沢山お話しできるようにもなった。
でも、他の皆さんに比べたらまだまだ足りない。兄さんたちみたいに胸を張って立てるように、もっともっと頑張らないと。
朝礼を終えて部屋で準備を整え、三十分前になると鳥居の前に第一部隊が集合する。極の姿になった薬研兄さんは、隊長として主様と一緒に今日の演練について話し合っていた。
五「…………」
一「薬研がどうかしたかい、五虎退?」
五「! いち兄! い、いえ、その……」
ぼーっと薬研兄さんを見ていたから、いち兄に気にされてしまった。
どうかしたという程のことは無い。なんとなく、修行して前より格好良くなった薬研兄さんを見ていただけ。それだけだった。
でも、僕の中で格好良いなぁという感情の他にも何かがあることに気付き、少し躊躇ったけれど、いち兄に相談してみることにした。
五「ぼ、僕も……」
一「ん?」
五「……僕も、もし今よりもっと強くなって、修行もしたら……、薬研兄さんみたいに主様に頼ってもらえるようになるんでしょうか?」
一「…………」
もう一度、主様と薬研兄さんを見る。二人とも真剣な顔を付き合わせて、色んな状況を想定して作戦を練っているところだ。演練や出陣の前には必ず見る光景。
一「五虎退。主は別に薬研だけを頼っているわけではないよ」
五「そ、それはわかっています……」
薬研兄さんは近侍だし、主様の恋人でもある。主様が薬研兄さんを一番頼りにしていらっしゃるのは僕もわかっている。元々お一人で何でもできる方だから、誰かを頼ることも殆どしないのも知っている。
でも、だからと言って主様は僕たち他の刀剣を蔑ろにしているわけじゃない。皆に対してお優しいし、厨では燭台切さん、馬当番では鯰尾兄さん、畑当番では大倶利伽羅さん等、それぞれの得意分野を見極めて頼ってくださっている。
だけど……
五「僕には、得意なことは何も無いから……」
一「五虎退……」
僕は主様から頼りにされるほど強くない。薬研兄さんみたいな男らしさも、乱兄さんみたいな器用さも、いち兄みたいな包容力も無い。
気が弱くて、声を掛けられるだけでおどおどして、こんな僕をどうして主様が頼るだろう。
せめて一つだけでも、自信を持てるものがあれば……。
『そろそろ出発しましょうか』
演練の十五分前になり、主様のお声掛けで気を引き締める。答えは何も出ていないけど、今は演練に集中しよう。
心配そうな目をするいち兄に微笑を返し、主様たちに続いて僕も鳥居を潜った。