長い間暗闇に放り込まれた意識が一気に浮上した。瞼に眩しい光が当たり、身体が暖かな力で包み込まれている。この優しい力はよく知っている。
「……たい…しょ…?」
「おそよう、薬研」
「おそ………」
おそよう?何のことだ?寝坊?
…いや、違う。俺は…
「!?」
ハッと気付いて飛び起きた。
何が「おそよう」だ。俺はまだついさっきまで戦っていたんだ。そして破壊寸前までいって肉体が無くなった。
手入れを施せる状態だったなら意識だけでも周りを見ることは出来ただろう。過去、織田信長に使われていた時のように。でもそれができなかったということは手の施しようがなかったということだ。例え大将の霊力が大きかろうと質が良かろうと手入れは不可能。なのに何故俺は顕現できた?何故傷が無い?
必死に頭を働かせて辿り着いた答え。まさかと思い大将を見て血の気が引いた。
「た…、大将っまさか血…!その瞳…!」
黒かった彼女の瞳は藤色に染まっていた。俺と同じ色に。そしてその手にあるのは俺、"薬研藤四郎"と左手首には一筋の赤い線。
間違いない…やりやがった!!
「"血の契約"」
「っ、その口振りじゃどういうものなのかも知ってんな?」
「勿論」
頭を抱えたいくらいの頭痛がした。
眷属化。彼女が俺の眷属になったことで彼女の霊力も俺のものとして扱うことができるようになった。
傷が全て癒えているのも彼女の瞳が変わったのもそのせいだ。
「なんでだよ…、なんでっ、俺は…!」
俺はそんなつもりは無かった。そこまでさせるなんてしたくなかった。眷属になれば彼女は人ではなくなってしまう。完全に神域入りすれば時間も止まり歳も取らなくなってしまう。
人として幸せに生きて欲しい。
それが俺の願いだったのに…
「ダメじゃない、"守る"って約束破っちゃ」
「な…!?」
「いつでも頼って良いって言ってくれたのに、先にいなくなるなんて絶対許さない」
「そ、それとこれとは話が…!」
「一緒。薬研が蘇芳さんと話してた記憶、流れてきた。私の幸せの為に命を掛けてくれるなら、尚更いなくなっちゃ嫌だ」
そう言う彼女の瞳から涙が零れた。敬語も無くなり、俺以外の奴らも戦っているここで彼女が泣いた。こんな大勢の前で彼女が素を曝すなんて今まででは有り得なかったことで言葉に詰まる。
「私だって中途半端な覚悟で審神者やってない。貴方は刀剣男士で、私が鍛刀したわけではないけれど、でも自信を持って言える私の愛刀」
「大将…」
「もう…何かをなくすのは嫌だ」
「!」
「お願いだから…いなくならないで…」
涙を拭いながら俯く彼女は震えていた。弱々しくも吐き出された願いに心が痛む。
(俺は何やってんだ)
ずっと近くにいたのに、その願いに気付いてやれなかった。否、近くにいすぎたのか。
身近な奴がいなくなれば悲しい。特に彼女は母親も父親も亡くして妹との面会も制限されている。悲しいなんてモンじゃなかっただろう。
そんな時に出会った俺たちと共に生活するようになって、俺が近侍になって…。一日の大半を一緒に過ごしてきた。俺がいなくなったところで刀が一本減るだけだと、そう思っていた自分が大馬鹿者だった。
彼女はいつだって俺たちを"命"として見てくれていた。審神者の仕事をしながらも内番を手伝ったり、菓子を作ったり。丁寧に手入れを施して「お疲れ様でした」と言ってくれて…、"物"扱いしていないのは一目瞭然。
その内には当然俺も含まれていて、だからこうして泣いてくれている。嬉しいと思いつつ泣かせてしまった事実に申し訳なさを感じ、そっと彼女を引き寄せ抱き締めた。
「すまねぇ、大将」
泣かせてごめん。悲しませてごめん。
大将の大事なものの内に俺を入れてくれて、ありがとうな。
「あーあー。薬研、主のこと泣かせたな?」
「てゆーか治ったなら早く加勢してよ!!」
「あはは〜、薬研くんクロちゃんとイチャイチャしたいんだもんねぇ〜?」
「イッ!?うるせぇっ」
イチャイチャって何だ!と茶化してくる奴らに反論しながら立ち上がる。確かに大将を泣かせちまったのは俺だ。だが事の発端は…
「大将は守る。己の身体も、大将の大事なモンも全部」
「薬研…」
「負けねぇさ、俺も」
「!うん」
振り返って微笑むと、安心したのか彼女も笑って頷いてくれた。
ああ、やっぱ大将にはその笑顔が似合うな。
(守るぜ、大将の笑顔も)
やっと笑えるようになったんだ。また表情無くさせて堪るもんか。
彼女が治してくれた己を握って構える。他の奴らには見えないだろう、染み込んだ文字が俺の目に映る。
"猫塚夜雨"
血で刻んだ彼女自身。まさか俺を取り戻す為にここまでするとはと呆れが少し。だがやはり嬉しさの方が大きい。
「もう良いのかい?」
「ああ。すまなかった、いち兄。ありがとう」
「どういたしまして。でも、お礼は主にね」
「ほらよ、薬研。このお守りはお前が持ってなきゃダメだろ?…ありがとな」
「おう。折れんなよ?」
「お前もな!」
さて、そう長いこと話してるわけにもいかねぇ。
奴らにも礼をしねぇとな。
ぶっすりいかせてもらうぜ?
「…………」
そうして突っ込んだ背後。
立ち上がった彼女が何を考えているかなど俺には…、俺たちには到底思い付かなかった。