低く威厳のある声の人物はいつの間にきたのか鳥居の前に立っていた。複数人の役人を従えたその人は会ったことの無い役人だけれど、胸のバッチは黒。紫の中でもエリートに当たる人物だ。
彼らがここに来たのは、この戦争を巻き起こした者とそのきっかけが全てここに揃っているからだろうけれど、その嫌な目付きは私にだけ向いていた。
…また何かお小言を言われるのか。
今度は何だと身構えていると先を促したのは真黒さんだった。
「しなくて良いとはどういうことでしょう?彼女は時の政府の策略と歴史修正主義者、両面から巻き込まれた被害者です。私たちがそれなりの責任を持つのは当然かと思いますが?」
「確かに。それは私も理解している。しかし彼女は時の政府に属した審神者だ。このような戦争に巻き込まれることも想定していても可笑しくはないだろう?特に彼女は養成所でも成績優秀で聡明だったのだから」
和ませた目元は優しい印象を受けるけれど、その釣り上がった口角は何かを企んでいるそれだ。何を出してくるのかと目を細めればその役人は自分の首をツンとつついた。
「チョーカーを外しましたね?契約違反です」
「!!」
ハッと振り返った真黒さんと、皆さんの視線も私の首に集まる。もうあの重苦しかった首輪は無い。薬研が外してくれたからとても息がしやすいのだが、どうやら役人はそれを許してくれないようだ。
まぁそれはそうだろう。霊力が強すぎるから抑えるための制御装置だ。それを壊したとあればまた私を恐れて契約を持ち出すに違いない。
「チョーカーを着けろという命令に反し、意図的にチョーカーを壊した。契約違反した場合、貴女の妹への援助は無くなります」
「えっ!?」
「病院からも出ていってもらいます。仕方ありませんよね、貴女がしたことの責任ですから」
「っ、汚ぇぞてめぇら!主が首輪外さなきゃ今頃まだ遡行軍が暴れまわってたんだぞ!?」
「知ったことではありませんよ。一人の審神者がいなくなるだけですから」
「ッッ!!?」
「お、落ち着いてよ兼さん!」
怒りを露にする和泉守を堀川が抑えるけれど、そんな彼も役人を睨む瞳は鋭い。未だに納めていない依代を握り締め、あちらこちらからカチカチと震える音がする。
一見するとまた理不尽なことを言われているように感じるけれど…
「…なんだ、そんなことか」
もっと酷いことを言われるのかと思った。
「主?良いの?」
「はい」
「でも、シロさんはご病気で…」
「大丈夫ですよ」
安心して肩の力を抜いた私に皆さんは茫然とし、役人は逆に眉を潜めた。
「"そんなこと"?妹に対して随分と冷たい物言いですね」
「あら?心配してくれるのですか?貴方が持ち出した契約でしょう?素直に従いますよ」
過去、私がチョーカーを着けて契約を交わした時はこんなこと言えなかった。ただただ言いなりになってシロの無事を祈って働くことしか出来なかった。
だけど、今は違う。
「シロはもうここにいます。出ていけと言われずともこのまま一緒に暮らしますよ。ね、シロ?」
「うん!誰があんな狭っ苦しい箱に戻るかバァーカ!!」
こらこら、あっかんべーしないの。
そんなシロと私を交互に見た乱はハッと思い出したような顔でポツリと呟く。
「…!もしかして、主さんがチョーカー外す時を待ってたのって…」
「こういうことです。私自身はいつ外しても良かったのですけど、シロを現世に残したままではいざ契約を持ち出された時にすぐに守れません」
「だ、だったら"連れてきて"って命令してくれれば良かったのに!」
「あんな戦闘中に連れてきてなんて言っても皆さん危ないからって反対するでしょう?言わなくてもシロなら自分から来てくれますし、和泉守が最後まで反対したとしてもシロは自力で何とかしようとしますから、結局は連れてくることになります」
「ふふ、兼さん全部読まれてたんだね」
「うっ、この…っ」
シロのことだけが気掛かりだった。チョーカーを外すにも契約が邪魔。契約をどうにかするにはシロの安全を確保しなければならない。全てを終わらせる鍵を握っていたのは最初からシロだったのだ。
しかし彼女の身の安全をどうしようにも政府に所属した以上私には何も出来なかった。お金を貯めて手術を受けさせて退院…なんてこともずっと考えていたけれど、そんな大金貯めるだけで何年かかることか。
だったら…
「退院させてあげられないならどさくさに紛れて連れ出してしまえば良い」
「なんちゅう荒業考えてたんだよ!?」
「こうでもしないと共に暮らすなんて夢のまた夢ですからね。数年間ずっとどうやって政府の目を欺こうか悪巧みしてたんですよ」
「くくっ、じゃあその念願だった悪巧みは成功したわけだ」
「はい、大成功です」
「ばんざーい!」
これこれ、こんな大勢いるとこでばんざいしないの。可愛いから良いけど。