買い物を済ませた私たちは瑠璃の家、つまり鈴城家へとやってきた。本丸で作るわけにはいかない為、台所を貸してもらうことにしたのだ。
まさかこんな形で再び来ることになるとは…。あまり良い思い出は無いけれど、ずっと住まわせてもらっていたからどこに何があるのかは熟知している。要するに使いやすい。皮肉なものだ。
只今の時間は午後三時。全員に渡す為のチョコを作るには一分一秒も無駄にはできない。
「急ごう」
「うん!」
「はーい!」
その夜。
お夕飯とお風呂を済ませて一息ついたところで、私とシロは皆さんにバレンタインチョコを渡した。ビターチョコとホワイトチョコでコーティングした猫型のクッキーだ。それぞれを透明な袋に詰めて水色とピンクのリボンで結んである。
「可愛い!主さんとシロちゃんだぁ!!」
「もう!二人ともこういうことするなら誘ってよ!!俺もデコりたかった!!」
乱と加州はやはり反応が早い。皆さんもラッピングについて「ほどきたくない!!」なんて言うものだからシロと顔を見合わせて苦笑した。ほどかなければ食べられませんよ?
長谷部は「一生の宝物にします」と言って頭上に掲げ、それを見た鶴丸がサッとリボンを解き、激怒した長谷部に追い回されるという…結局はいつもの流れになった。でも、何だかんだで長谷部も楽しそうではあるし皆さんも嬉しそうだから良かった。
バレンタインデーについては皆さん何となくは知っていたらしい。特に乱はこういった行事に敏感で、私たちが買い物に行くのも何をするのかも大体わかっていたようだ。
お留守番にして申し訳なかったです。来年は乱とも一緒に作りましょう。
「あとはクロだけだよ?」
「…うん」
皆さんの分は配った。あとは私が特別なチョコを渡すだけ。
シロに耳打ちされ、チラッと彼を見る。
「…………」
「!」
目が合ってしまった。途端に緊張から心拍数が上がっていく。
いつもと変わらないと思っていたのに…。チョコレートをあげるだけ。それだけ。なのに、気持ちが入るだけでこんなにも違うのだと今になって実感した。
皆さんはまだ私たちからのクッキーに興奮冷めやらぬ状態。呼び出すなら今だろうか。
ちょいちょいと小さく手招きするとすぐに気づいてくれて、私も立ち上がって彼の元へ向かう。
「少々お付き合い頂いても?」
「ああ、良いぜ」
この様子からするとわかっているのだろう。私が彼に渡そうとしているものを、その意味も含めて。
私と薬研がいなくなれば誰でも気づく。でもそこで私たちにちょっかいを出そうという者は一人もいない。普段から二人きりの時は申し訳ないくらいに遠慮してくれるから。
瑠璃がいれば何かされただろうけれど、彼女は自分の本丸で自分の刀剣たちとバレンタインを楽しんでいる筈だから心配はいらない。
つまり心置きなく薬研と二人だけの時間が作れる。皆さんにはまた別のお礼を考えよう。
少し寒いけれど渡すならやはりあの場所が良いと、二人で外を歩く。
「大将はここ好きだな」
「薬研と話す時はここか離れが多いから」
自然と足が向く先はあの桜の下。私が泣いたり抱き締めてもらったりと思い出が多い場所だ。
袂に入れていたそれを取り出し、薬研に差し出す。青のラッピングで藤色のリボンを巻いたそれは、彼だけに作ったチョコレートだ。
「私の気持ちを形にしたもの、受け取って頂けますか?」
「当たり前だろ。大将の気持ちなら尚更」
受け取って「開けても良いか?」と訊ねてくる彼に頷き、二人で木の根元に座る。
いつもと同じ位置、いつもと同じ座り方。毎回違うのは鼓動の速さ。どうしてこうも彼といる時は違うのだろう?苦しいくらいなのに、それが良いと思ってしまうなんて。自分でも呆れるくらい薬研への想いは大きいらしい。
丁寧に開かれたラッピング。箱を開けると現れるのはハート型のチョコレートブラウニー。
「"大好き"…」
「こ、声に出して読まないでください…っ。それ以外に書けなかったんです…」
瑠璃にデコペンを渡されて気持ちを書けと言われ、率直な気持ちはやはり"大好き"だった。"愛してる"でも良かったけれど、それを思い付くより先に手が動いていた。
"愛してる"も愛情が伝わる言葉だ。でも、私が愛してるのは薬研だけではない。シロも、他の刀剣たちも私の愛する家族だから。
"大好き"も皆さんに当て嵌まる言葉だけれど、しっくりくるのは薬研だけ。
「薬研は私が思う大事なものの中で一番好きだから」
「!」
順位をつけるのはいけないことなのかもしれないけれど、私の心が"好き"で溢れるのは薬研のことを考えてるときだけだから。
だから"大好き"。好きがいっぱい溢れている表現。
それが出来るのは薬研にだけだ。
…そうだ。もう一つ言うことがあるんだった。
「薬研は私にしてほしいことってありますか?」
「してほしいこと?」
「ただチョコを渡すだけならいつもと変わらないから。もし何か私に叶えられることがあれば、一つだけお願いを聞こうと思って」
「はは、律儀だなぁ大将は。そうだな…」
ふむ、と顎に手を当てて考え込む薬研。真剣に悩んでいるらしく暫く無言の間が続いた。
月明かりの下だからか、肌が白いせいもあって彼の横顔はとても儚げに見える。失礼だろうが女の子に見られたっておかしくないと思うのだけど…。これで粟田口の兄貴だというのだから驚きだ。