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その日の昼過ぎ。僕たちは鍛刀部屋の前で待機していた。



「主が鍛刀をなぁ…」


「うん。三時間だって言ってたからそろそろかな」


「あるじさまの、はつたんとうですね!」



そう。今朝、主さんは初めて鍛刀を行ったのだ。

僕たちは主さんの刀剣だけど、前任から引き継がれた者たちばかり。厚くんも特別任務で引き取った刀剣だから主さんが呼び起こしたわけじゃない。刻燿くんは主さんの霊力によって顕現されたけど、鍛刀したのは政府であって主さんじゃない。だから、これから顕現するその刀は主さんにとっての初鍛刀と呼ばれる刀剣になる。

鍛刀を開始して既に三時間は経過した。部屋の中では主さんがその刀剣に霊力を込めているところだろう。

その傍には近侍の薬研くんが控えていて、更にその部屋の外で僕と兼さんと今剣が依代を携えて待っていた。万が一その刀剣が主さんに危害を加えた場合の守り役として。主さんは必要ないって言っていたけど、念には念をということで薬研くんが彼女を説得し、僕たちが指名されたのだ。

彼の言う通り、主さんは霊力が人一倍強くて大きい。何か起こってからでは遅いし、僕も主さんを守りたい。兼さんと今剣も同じことを思ったからここで素直に待っているのだろう。他ならない僕たちが定めた主さんを守る為に。


そうして待つこと数分。霊力が満たされたのだろう、襖の隙間から光が漏れた。



「…終わったみたいだね」


「おう」


「……せつめいしているこえがしますね」



今剣が言うように、鍛刀された刀剣に主さんが挨拶や本丸について話しているような声がする。生憎その内容は静か過ぎて聞こえないけど、中の様子からして何事も無く終わったようだ。



「お待たせしました」



スッと襖が開き、現れたのは審神者の正装に身を包んだ主さん。鍛刀の時は神様を降ろすのだから正装でないとという理由で着替えたらしい。白衣と青い袴は元より凛とした彼女の佇まいを一層際立たせ、思わず感嘆してしまう程に美しい。

次に出てきたのは薬研くん。依代を抜いていないということは鍛刀は成功したのだろう。でもどこか疲れているような…、浮かない顔をしているように見えた。気のせいかな?

そして二人が襖から出て来たその奥には…



「huhuhuhu。ワタシは千」
ピシャンッ!!


「何だ今の変態は!?」


「私の初鍛刀です」


「アレがか!!?」



兼さんはたった今閉めた襖を指差して主さんに詰め寄った。

一瞬しか見えなかったけど、強烈に頭に染み付いたあの容姿は確かに変態そのものだと僕も思う。

薄紫の長髪を緩く一本に縛り、服で覆われていない肩は筋肉質で力強い印象を受けた。足首まである腰布から覗く足も無駄な脂肪が無いのだろう。女性のようにスラッとしていて太股まであるブーツを履いている。それだけならまだ良かったのだろうけど、その隙間からチラッと覗いた肌色が何とも妖艶で、同性でも目のやり場に困った。一瞬だったけど。

兼さんの言葉に頷く主さんの隣では、薬研くんが片手で顔を覆って溜め息を吐いていた。



「大丈夫?薬研くん」


「ああ。俺もまさかあんなのが出てくるとは思わなかった…」


「初めて見る刀剣男士だったね?」


「ぼくもみたことないです。あるじさま、なんていうかたななんですか?」


「彼は…」
スパーンッ!!
「huhuhuhu!目の前で襖を閉められるとは予想外デス」


「ぬお!?」


「huhuhuhu…主、自己紹介くらい自分でやりマスよ」


「そうですか?では、お願いします」



自ら襖を開け放ったその刀剣男士の姿はあの一瞬で見た通り。やっぱり頭から"変態"の文字が消えない。その上さっきは見えなかったけど彼の瞳は誘惑しているような赤。

そして刻燿くんとは違った癖のある話し方。
強烈過ぎる!



「ワタシは千子村正。そう、妖刀とか言われているあの村正デスよ。huhuhuhu……」


「!妖…刀…?」


「はい。"徳川家に仇なす妖刀"として有名な刀剣です」



前に書庫で読んだことがある。その昔、徳川家の殺害事件で用いられたという村正。妖刀伝説に出てくる刀剣。

その彼が主さんの初鍛刀…。



「記念すべき、この本丸の三十人目ですね」


「待て待て待て!受け入れるのかコイツを!?」


「勿論」


「で、でも妖刀ってことは…」



何か不思議な力があるからそう呼ばれているんじゃないのかな?さっきも言ったように徳川家の殺害で扱われた刀で、それは一人だけではない。そんな刀が本丸にいては主さんの身にも危険が迫るかもしれない。

しかし、僕と兼さんの心配を余所に主さんは澄ました顔で目を伏せた。



「そんなの"ただの伝説"です」


「?ただのでんせつ…ですか?」


「はい。人から人へと語り継がれただけの、嘘か真かもわからない"ただの伝説"」



人間はその話が面白ければ面白い程にそれを友に語り、知人に語り、やがて全国全世界へと広めてしまう。

面白半分に語られる話はだんだんと肉付けされていき、最終的に出来上がったそれは真偽もわからぬ伝説となる。



「果たしてそれは真の歴史と言えるでしょうか?」


「まことの…」


「huhuhuhu。なかなか頭の良い主デスね。その通り、定かでない伝説に誰も彼もが踊らされて、滑稽デスよねぇ。huhuhuhu……」



独特な笑い方をする千子村正。だけど、その赤い瞳の奥には僕らではわからない闇があるように思えた。



「はぁ。ったく難しい話ばっかすんじゃねぇよ」


「兼さん?」



ガシガシと乱暴に頭を掻いた兼さんは千子村正を見ると少しばつが悪そうな顔をして深く溜め息を吐き、主さんへと視線を移した。



「あんたが認めてんなら俺らが何言ったって聞かねぇってことくらいもうわかってらぁ」


「さすが兼さんです」


「兼さん言うな!
ま、こんな変人でも俺らと同じ刀剣男士。定かじゃねぇ伝説に踊らされて堪るかよ。仲良くやろうじゃねぇか、千子村正」


「!huhuhuhu!良いでショウ!ワタシも貴殿方と共に歴史を守り、新たな伝説を増やしていきマスよ!」



兼さんが差し出した手を千子村正も握り返す。お互いに認めあっている様子に主さんもほっとしたように目元を和ませた。



「では、和泉守と堀川は村正の案内をお願いします」


「あいよ」


「わかりました」


「今剣は一足先に鍛刀が成功したことを皆さんに知らせて回ってください」


「りょーかいです!」



たぶん主さんが護衛に僕たちを選んだのはこの為なのだろう。僕と兼さんと今剣はハッキリ言って人の心に敏感だ。初めはそんなことなかったように思うけど、前任のことがあって特に初対面の相手には疑ってかかるところがある。主さんのことも最初は凄く警戒していたしね。

そして主さんが初めて鍛刀した新人の刀剣男士。もしそれが千子村正でなくても、やっぱり僕たちは暫く視線を鋭くして見張っていたかもしれない。主さんを守るという理由を盾に、危険因子は排除せねばと無意識に…。

そんな僕たちの心を主さんはわかっていた。だから顕現させてすぐに会わせたのだ。危険は無いのだと僕たちを安心させる為、新人を仲間として馴染ませる為に。



(僕もまだまだだなぁ…)



主さんに気を遣わせてしまうなんて。ただでさえ彼女は黒本丸から救ってくれた恩人なのに、そのお礼すら出来ていない。兼さんのことだったら何でもわかるし寧ろ僕が気遣ってあげるのに…。自分の主に気を回せないとか、ちょっと凹む。

そう思って廊下を進んでいるとポンと頭に重みが加わった。隣を歩いている兼さんの手だ。



「何考えてんだか知らねぇが、俺もお前もこれから変わればいい」


「!」


「そんだけの話だろ?」


「…うん!そうだね!」



過去は過去だ。これまでがそうだっただけで、これから変わっていけば良い。未来はもう始まっているんだから。

とりあえずその第一歩として、新人さんとの交流を深めることに専念しよう。そしていつかちゃんと、主さんにお礼をしよう。そう胸に誓いを立て、拳を強く握り締めた。










「何やらわかりませんが、伝説を作るのデスね!?では手始めに一つ、脱ぎまショウ!!」

「脱ぐな!!!なんでそうなるんだ!?」

(兼さん、もう仲良くなってる。僕も頑張ろう!)


 

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