「五虎退! まだいけるか!?」
「は、はい……!」
今日の演練相手は強かった。いつもなら軽傷程度で終わるのに、僕はもう少しで中傷になってしまう。
乱兄さんと鯰尾兄さんも軽傷。骨喰兄さんは表情にこそ出さないけれど相手から重い一撃を食らっているし、いち兄と薬研兄さんは僕たちの状況を把握して臨機応変に動き回っている。
後ろでは主様が見守ってくださっている。負けるわけにはいかない。僕を演練部隊に選んでくださった主様に、恥をかかせるわけにはいかない。
無意識にのし掛かる圧力に、僕も虎くんたちも緊張しながら戦っていた。
そんな時、相手の審神者さんが嘲笑っている声が聞こえてきた。
「ははっ! あの有名な審神者に当たって身構えてたが、あんたも何てことはない普通の審神者だな!」
その人は中年の男性で、明らかに主様を馬鹿にしている笑い方だった。
"あの有名な審神者"というのは、主様が過去改変事件の審神者だからだろう。不可抗力ではあるけれど、あの事件で主様は政府や大勢の審神者にその存在を知らしめ、持ち前の能力値の高さもあって一躍有名になっている。以前は睨まれることが多かった主様だったけれど、今では会議に顔を出せば老若男女問わず一目置かれていた。
だからだろう、主様が対戦相手だと知った相手の審神者さんは、最初こそ警戒していたようだけれど、今の状況を見て好機と思ったらしい。
「部隊長が薬研の極なのはまぁ当然だわな。だが全員粟田口兄弟の組み合わせってどうなんだ? 仲良しこよしじゃ勝てねぇぞ? 演練嘗めてんのかお嬢ちゃんよ?」
ニヤリと笑って挑発的な態度をとる審神者さん。
兄さんたちも聞こえたのだろう、一瞬で纏う空気が変わった。
僕たちのことは何を言っても良い。これまでだって前任様から散々文句を言われてきたから慣れている。
でも……っ
「主様を悪く言わないでください!!」
「!」
主様は何も悪くない。お仕事熱心で、お優しくて、戦う時は凛として格好良い。僕たちの自慢の主様を、何も知らない審神者さんに馬鹿にされるのは、どうしても許せない。
「ありがとう、五虎」
僕の中の怒りが膨らんできた時、主様の静かな声が耳に届いた。
見れば、主様は僕を見詰めてふんわりと微笑んでいて、胸の内で燻っていた怒りが鎮まっていくのがわかった。それと同時に、僕がたった今発した一言で主様にご迷惑を掛けたのではないかと心臓が冷えていく感じがした。
そんな僕の胸中を知ってか知らずか、主様は相手の審神者さんへと視線を移す。
「ご忠告どうもありがとうございます。身構える程の審神者ではなくて物足りなかったでしょうか? それは大変失礼致しました」
でも……、と、主様は一呼吸置き、目を閉じる。次に開いた藤の瞳を見た審神者さんから、ひゅっと息を飲む音が聞こえた。僕たちにとっては見慣れた負けず嫌いの瞳だけれど、他人からするとその眼光は美しすぎて恐ろしいことだろう。
「演練を嘗めているのはどちらだろうな?」
「……っなに?」
「演練とは、実戦のための訓練。実戦において粟田口兄弟だけで戦うことが無いとは言いきれない。だから私は様々な組み合わせで、何時如何なる状況にも対応できるように考えて部隊編成を行っている。
何も考えず、"お気に入り"だけの部隊で演練に挑む貴方と一緒にしないでもらおうか」
「なっ!?」
審神者さんの顔色が目に見えて変わった。一度は青ざめさせた表情はみるみるうちに真っ赤に染まる。それは恥からか怒りからかはわからないけれど、僕たちの心は先程と違って凄く穏やかだった。
「五虎退」
「は、はい!」
「貴方は今日の部隊の中で薬研の次に速い。偵察も申し分ない。皆の援護をしつつ、隙を見て一気に距離を詰めて攻めなさい」
必ず勝てる。そう言う主様の期待の瞳に見詰められ、なんだか心がポカポカした。さっきまでは圧力のように感じていたのに、どうしてだろう、僕も虎くんたちも相手に向かっていくことに躊躇いが無くなった。
「頑張ろう、虎くん……!」
主様の期待に応える。
その一心で、言われた通りに動いただけで数分と経たずに僕たちは勝利した。
なんだか呆気なく終わったように感じ、審神者さんとその刀剣たちがいなくなってもまだ勝てた実感が無かった。
「よく言ったな、五虎退」
「! や、薬研兄さん?」
ぽんっと頭に乗った重みに振り向くと、ニッと笑った薬研兄さんが僕の頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。
「「大将を悪く言うな」って、あの場でお前があんな大声出せるなんて思ってなかったぞ」
「ほんとほんと! 五虎ってあんな声出せたんだね!」
「怒ってるのも初めて見たよね」
「確かに……」
「そ、それはその……っ、つい、頭に血が上って……」
言われてみれば、あんなに大勢いた中で僕だけが怒りを露にしていた。兄さんたちが驚く程の声なんだから、かなり大声を出したのだろう。
なんだか今になって恥ずかしさが込み上げてきて、虎くんを一匹腕に抱いた。
「五虎、ありがとうございました」
「ぁ……、主様……」
薬研兄さんが横にずれ、主様は僕の前まで来て微笑んでくれた。薬研兄さんによってくしゃくしゃになった僕の髪を、優しい手つきで整えてくれる。
「五虎が怒ってくれて嬉しかったです。守ってくれてありがとうございました」
「ぁ……い、いえっ」
「今日の誉は五虎で決まりですね」
「え?」
「五虎がいなければ、あの作戦は上手くいっていませんでしたから。今日の演練は、素早い機動力と鋭い偵察力を併せ持つ五虎がいたから勝てたんですよ。今後も頼りにしていますね」
「! はい!!」
今日一番の声で主様に応えると、虎くんたちも一斉に哭いて尻尾を振った。
主様は僕のことも頼ってくださっていた。僕の内側にある能力を見極めてくれていた。
僕は兄さんたちのように男らしくもないし、器用でもない、包容力もない。
だけど、ちゃんと胸を張ろう。強くて優しい主様が持っても恥ずかしくないように、主様を守れるように強くなろう。
「頑張ろうね、虎くん」
「ありがとうございました、主」
「お礼を言われるようなことはしていませんよ。五虎を悩ませていたのは私なのですから」
「にしても、相手があんな審神者だとは……。あれも大将の計算か?」
「まさか。私が計画してたのは、五虎に自信を持ってもらうために粟田口兄弟の"要"として動いてもらうことだけです。あんな憎たらしい審神者大嫌いです、二度と会いたくありません」
「はは、悪い悪い。そりゃそうだよな」
「何にせよ、一件落着ですな」
「帰ったら五虎と小虎たちにご褒美をあげましょう」