理由は意外と単純だった


洋食店で働き始めて3週間が過ぎた。
ついに、待ちに待った給料日だ。
これでアシㇼパやフチにお礼の品が買える…はず!
店長が「帰りに渡すからね」と話していたので、今からドキドキが止まらなかった。
まぁ日雇いだし、ホールメインのため、そこまで期待はしていないが。

普段よりもニコニコしていると、常連のお客さんから「春香ちゃん機嫌良さそうだね〜」と声をかけられてしまった。
そこまで顔に出ていたとは…恥ずかしい…。
一人浮き沈みを繰り返していると、カランコロンと入店する音が響いた。

「いらっしゃいませ…あ、尾形さん。こんにちは」
「ああ。こんにちは、春香さん」

最近よくお見かけする軍人の尾形さんが一人で店内に入ってきた。
近くに第七師団の兵営があり、よく軍人さんが食事をしに来店するのだが、一番尾形さんが多い気がする。
「今日も寒いですね〜」と話しながら席に案内していると、「いつものを」と尾形さんに言われた。

尾形さんの言う“ いつもの ”はお店の看板メニューであるオムライスのことだ。
上司と思しき人と複数人で来店した際にオススメしたところ、見事にハマったらしい。
美味しいよね、オムライス!
尾形さんに「かしこまりました」と言うと、厨房に向かった。


◇◇◇



…腹が減った。
今、兵営に戻ったところで昼時間はとっくの昔に過ぎている。
きっと飯上げの兵士たちも困るだろうし、上官である鶴見中尉に報告も必要だ。
報告を済ませた後に、兵営の近くにある店で飯を済ませよう。
そう考えながら、月島は鶴見の元へ急いで向かった。

無事報告も終わり「ご苦労。下がれ」の言葉を聞くと、「失礼します」と部屋を後にした。
やっと飯だ。耐えられないほどではないが、流石に何か胃に入れたい。
そう思い視界に入った洋食店に足を運んだのが始まりだった。

ほかの兵士たちも足を運ぶという噂の店に全く興味はなかったが、如何せん腹が減った。
ドアを開けると、カランコロンとドアに付いているドアベルが鳴る。

「いらっしゃいませ。おひとり様でしょうか?」

入ってすぐ、女給が声をかけてきた。
あまり見た事のない西洋風の服装に一度たじろぐが、顔色を変えることなく「はい」と答えた。

「かしこまりました。お席にご案内致します」

女給はニコリと笑いながら、席まで案内をした。
メニューを見るが、いまいちピンと来ない。
仕方がない。オススメと書かれたオムライスというものにしてみよう。
先程の女給に注文をし、座って料理を待つ間店内をチラリと見てみるが、至って普通の店だった。

一体なぜほかの兵士たちはここへ来たがるのか。
フゥ…と一息つくと、程なくして料理が運ばれた。

「お待たせしました、オムライスでございます。こちらのスプーンでお召し上がりくださいませ」

女給はそれだけ言うと、別テーブルの食器を下げに行った。
目の前に置かれた食べ物を観察してみる。
オムレツの似た食べ物なのだろう。
スプーンで一口分掬うと、中から赤い色をした米が出てきた。
米にトマトソースを使っているのか…?
一口食べてみると、程よい酸味とトロっとした卵が絶妙で美味かった。

なるほど。みな 口を揃えて美味いと言う訳だ。
ふむ、これがオムライスか。
次から次へと口の中に入れていき、気がつけば完食していた。
量もちょうどよかったし、美味かった。

会計に向かうと女給がニコニコしながら、「どうでしたか?」と聞いてきた。
正直に美味かったと伝えると、更に嬉しそうに笑みを深める。

「うわ〜!お口に合ってよかったです!今の時間は店長いなくて…」
「貴方が作ったんですか?」
「はい。よく厨房のお手伝いをするんです」
「そうだったんですね。初めて食べましたが、とても美味しかったです」
「ふふ、ありがとうございます」

金を払いながら「ご馳走様」と伝えると、女給は花がほころぶような笑顔を見せた。

「お勤めご苦労様です。またいらして下さいね」

女給は終始笑顔で見送りをしていた。
なるほど…兵士の何人かは、この笑顔に心を奪われているのかもしれない。
オムライス…また食いに行くか。

また一人、洋食店に足を運ぶ兵士が増えたことを春香は知る由もなかった。


◇◇◇



本日の業務は全て終了し、店長に給料を貰いに行った。
ドキドキしながら中を見てみると、当時の女給の給料よりもだいぶ高い3円と50銭が入っている。
驚いて店長を見ると「春香ちゃんがオムライスの提案をしなかったら、こんなに繁盛していなかった」と謝礼を込めての金額のようだ。
て、店長ぉ…!優しい…!!

「ありがとうございます!もっと頑張ります!!」

これでアシㇼパたちになにか買える!
帰りにお店を見に行くことを決意しながら、春香は頬を緩ませるのだった。





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