本当のふたりきりがここにある


土曜日の昼下がり。
昨日までの疲れが取れず、昼までぐっすり眠っていたようだ。
よく寝た。目を覚ますと、双子の兄である尾形百之助が隣で頬杖を付きながら携帯を見ていた。

「起きたか」
「おはよ、ひゃくのすけ…」

百之助を見ると、寝起きのままなのか濡れ羽色の髪が、上方向と後ろ方向へ飛び散っている。
なんだ、百之助もお寝坊さんだったのか。
普段のようにワックスで固めていないため、どこか幼く見える百之助を見てクスクスと笑っていると、「何がおかしい」と鼻を摘まれてしまった。地味に痛い。

昨日は本当に疲れた。
仕事が終わったかと思えば、ポンコツ部長から内線で「急遽頼めないか」と仕事を押し付けられ、部下のミスが発覚して対応に追われたり…散々な週末だった。
なんだ華金って。ちくしょう!
帰ってきたのも遅い時間で、百之助に愚痴を言いながらお酒を飲み、二人で一緒に眠った。

そのせいか、折角の休日だと言うのにもかかわらず、お互いに携帯を片手に、ベッドから動けずにいる。
動画サイトを見ている私の携帯からハスキーボイスの歌声が部屋に響き渡り、心地よい眠気が襲う。
あー…ねむい…このまま眠ってしまおうかな。
とっくに正午は過ぎているが、なんのやる気も起きない。次起きた時にご飯を食べるとしよう。ベッドの上で自堕落な時間を過ごすのも、たまには悪くないだろう。
再び眠る体勢をとった私に、百之助は「そういえば…」と話し始めた。

「知ってるか?」
「…なに」

突然どうしたんだろう。
百之助の方へ身体ごと向け、寝惚け眼で見つめると、黒曜石のような漆黒の瞳が私を射抜いていた。

「男女の双子は、前世で心中した2人だという説があるそうだ」
「心中ねぇ…」
「心中した罰として、愛することが許されない双子にするんだとよ」
「…珍しいね。百之助はそういうの信じなさそうなのに」

百之助は持っていた携帯をサイドテーブルに置くと、顔に垂れかかる前髪をかき上げた。
その様が何故か艶めかしく見えて腹が立つ。これだから顔のいい男は。

双子とは言っても二卵性双生児。
百之助は生まれてすぐにいなくなった父に、私は数年前に亡くなった母に似ているようで、どことなく似てはいるが、パッと見では分からないとよく言われる。

母は美しい人だった。そんな母に似ていると言われ嬉しく感じたが、同時に悲しくもあった。
美しかった母は父に捨てられたのだ。母は所謂愛人だったようで、父は私たちを身ごもったと分かると、連絡を一切取らなくなったとか。
毎月振り込まれる養育費があっただけましなのだろうが、母は壊れてしまった。
そのため母に似ていると言われる度に、母のようになるのではないかと心の奥底で恐怖が蔓延してしまう。

今まで学生時代に何人かと付き合ってみたが、その度に母を思い出してしまい、長続きしたことがなかった。
男は都合が悪くなると逃げる生き物なのだ。私のことも捨てるに違いないと、無意識のうちに脳に刷り込まれているのだ。
その為、信じられるのは双子の兄・百之助だけだった。

「まぁな。」
「で?どうなの?信じてる感じ?」
「いや…どうでもいいな」
「なにそれ」
「たとえ相手が双子の片割れであろうが、欲しいと思ったものは手に入れる。それだけだ」

百之助は鼻で笑いながら、あたかも当然のように言い放った。

「お前はオレの一部で、オレはお前の一部だ。つまり、オレたちは2人でひとつ。春香を愛することは、オレ自身を愛するってことになるだろ。」

だったら問題ないだろ。と百之助は、隣で横になっている私を抱き寄せた。
全くこの男は。どこでどうなったらこんなにも偏屈になるのか。
…いや、今まで育ってきた劣悪な環境のせいか。
母が無くなってから母方の祖母の家に引き取られたが、空気同然の扱いを受けた。私の味方は百之助だけだったし、百之助も私だけだったのだろう。

そんな祖母も亡くなり、私たちだけで生きていくようになってから、百之助は更に私に執着するようになった気がする。

「なにその屁理屈みたいな発想。無理やりすぎるでしょ」
「春香はオレのものだし、オレは春香のものってことだ。俺にはお前しかいなかったし、これから先も死ぬまで離れる気はないぜ」
「世間ではそれはシスコンって言うんだよ」
「ふんっお前のことを妹だなんて思ったことは一度もないぞ」
「あーはいはい。百ちゃんは私のことが大好きなんだよねぇ」

抱きしめられた体勢で百之助の頭をワシャワシャと撫でると、百之助は気持ちよさそうに目を細める。
あまりの可愛さに思わず頬が緩んでしまった。本当に兄なのか、百ちゃんは!
そこでふと、あることが頭を過ぎった。

「ねえ、思ったんだけどさ。前世の時に心中して双子になったとするじゃん。今世も一緒の時間を過ごせるなんて…すごい執着心を感じるのは私だけ?」
「確かに…転生したところで、同じ時代に生まれ変わるかどうかも怪しいからな」
「やだ〜!百之助、私のこと本当に大好きじゃ〜ん」
「…春香もだろ」

クスクスと笑っていると、百之助は私の頭をゴツゴツとした男らしい手で優しく撫でた。
同じ双子なのにこんなにも違うとは。
目の前にある厚い胸板に身をすり寄せていると、私の頭を撫でていなかった方の手で腰回りをいやらしく撫で、太ももあたりに何やら硬いモノを擦り付けられた。

「……また?」
「明日も休みだ…予定ないだろ?」
「明日は杉元さんとアシㇼパちゃんの3人でランチなのに。」
「ほぅ…アイツらとオレ、どっちを取るんだ」
「やだ、その質問。分かりきってるくせに。本当に狡い」
「なんとでも言え」

愛がない二人から生まれた子は、何か欠落して生まれるのだと言う。
それならきっと、私たちに欠落しているのは倫理観なのだろう。一般的に近親相姦は禁忌とされている。それでも構わなかった。私には今までも、これからも…百之助しかいないのだ。

私たちは唇を重ねると、そのままベッドに潜り込んだ。


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