靴箱を開けた瞬間、視界に飛び込んできた"それ"に、わたしは暫し動きを止めた。見間違いかそれとも誰かのイタズラか、うっかりさんが間違えてわたしの靴箱に入れてしまったのか、などなど色々な可能性を考えながら、そっとそれを手に取り、まじまじと見つめてみる。角度を変えたり、裏表を何度もひっくり返したり。でも、それが紛れもなく本物の便箋であり、右下に小さく書かれた差出人の名前が男の子のものであるということから、これは俗に言うラブレターというやつだと、気付いてしまった。
「はっちはっちはっちはっち」
「なんだよ朝からうるせーな」
教室で退屈そうに座っている彼は、眠そうに目を擦りながらわたしを一瞥すると、はあ、とため息をついた。相変わらず素っ気ないね。そんなところも好きだけど。
わたしはできるだけ人目に付かないよう、その便箋をそっと彼に見せた。「何これ」尋ねられたので、「ラブレター」と真面目に答えると、はっちは何言ってんだこいつ、とでも言いたげな目でわたしを見た。あんまり信じてくれてないな、これは。
「嘘じゃないよ、ほんとにもらったの。ほら、たかし、って差出人の名前も書いてある!」
「……はぁ」
はっちは差出人の名前を見て、ようやく信じてくれたらしい。それでも目を細めて眉を寄せているから、たぶん納得はしていないんだろう。そりゃあわたしだってさ、自分でも信じられないよ。わたしなんかに好意を持ってくれている男の子がいること。
ラブレターの内容は、「今日の放課後、校舎裏で待っています」と、ただそれだけ。随分と簡素だけど、とてもわかりやすい。
「このご時世にご丁寧にラブレターを書く男とかいるんだな。LINEとかだろ普通」
「……」
「何じろじろ見てんの」
「いや、……それだけ?」
「は?」
「いや、ほら、もっとこう……なんか……ね?」
「意味わかんねぇ。つか俺予習やんねーといけないから。そこ邪魔」
「……」
しっしっ、とまるで動物を追い払うようにされて、わたしは頬を膨らませた。そりゃあはっちのキャラ的にさ、「お前には俺がいるだろ」とか、そんな甘ったるい台詞言わないことぐらいわかってたけど。でもでも!もうちょっとなんかこう、ね。嫉妬している素振りを見せてくれたりさ、引き止めるようなこと言ってくれたっていいと思うんです。だって一応わたしたち付き合ってるんですから。
……あ、なんか不安になってきたな。思えば告白したのもわたしから、たぶん好きになったのもわたしから。好き、って言った時、ぶっきらぼうに俺もって言ってくれたことはあったけど、これと言って彼氏彼女っぽいデートやらはあまりしたことがないし、学校でなんてこんな感じだし。もしかして好きなの、わたしだけなんじゃないだろうか。あの時は勢いで俺も、なんて言ったけど本当は鬱陶しいとか思われてるんじゃ……。
やめよう。考えたらつらくなってきた。いいもん、わたしがはっちのこと大好きだから、それだけでいいんだもん。
そう自分に言い聞かせるけど、やっぱりちょっとだけ、寂しいなあ、なんて。
○
「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど、わたし、付き合ってる人がいるので」
貰った便箋を彼に返し、深くお辞儀をした。人に告白されたことも、それを断るのも初めての経験で、まっすぐに自分の気持ちをぶつけることしかわたしにはできなかった。頭を下げたまま、ぎゅっと目を瞑る。こう言えば相手は去っていくだろう、と思っていたけれど、なかなか目の前の相手は動く気配を見せない。埒が明かないので、わたしは顔を上げて「じゃ、じゃあ!」と無理やりその場を離れようとする。
「待って!」
「え、」
手を掴まれ、動きが静止される。唐突なことに驚き、わたしは固まってしまう。
「#name1#さんに彼氏がいるのは知ってた。相手が誰かも知ってる」
「あ、あの」
「それでも俺、#name1#さんが好きなんだ。諦め切れない」
わ、わー! 思わず叫び出しそうになる。顔がどんどん熱くなる。そんな少女漫画みたいな台詞、その彼氏さんは滅多に言ってくれないから、付き合っているとは言え耐性がないのだ、わたしは。頭の中はパニック状態で、どうしよう、どうしたら、ぐるぐる思考が回って言葉が出てこない。
「それにさ、聞いた話だけど。#name1#さんの彼氏って、結構冷たい奴、なんだろ?」
「へ」
「そんなやつ、ほんとに#name1#さんのこと好きかもわかんないよ!」
真っ赤な顔で、まっすぐにわたしの好意をぶつけてくる目の前の男の人の言葉に、ちくりと胸に小骨が刺さったような痛みを感じた。痛いな。今一番突かれたら痛いところを突かれてしまった。はっちがわたしのこと好きかもわかんないなんて、そんなのわたしが一番よくわかってる。他の人より少し冷たい部分があることも。でも、だからこそたまに笑った時とか、めちゃくちゃ可愛いんだからな。
「絶対に俺のほうが、#name1#さんのこと好きだし! それに、俺なら#name1#さんのこともっと楽しませられる自信も──」
「そこまで」
「あいたっ!」
後頭部にチョップが落ちてくる。え、あれ、なんでわたしに?! ここって普通相手の男の子にする場面じゃないの? しかもチョップ!? もっとかっこいいのあったでしょ!? 色々と言ってやりたいことはあったけれど、それより何より、彼が今この場面にいる状況が理解できず、「え?え?」なんて間抜けな声しか出てこない。現状が理解できないのは目の前の男の子も同じようで、「なんでお前……」と、つぶやいている。
「あー、邪魔してすいませんね。ちょっと苛々したから」
「な……」
「んじゃ俺たち帰るんでこれで」
「な! お、おい!」
待てよ、と彼が止める声も聞かず、はっちはわたしの腕を掴んでどんどん歩いていく。思わずわたしはバランスを崩しそうになるが、なんとか彼についていく。最後に彼がぽかんとする顔が視界に映ったので、わたしは口パクで「ごめんね」と彼に伝える。ごめんね。この人訳わからないでしょう。でもね、こんな人がわたし、大好きなんです。
気付いたら、掴まれていた場所が、手首から手の平に移動していた。手を繋いで下校なんて、なんだかすごくカップルっぽいね。思わずにやけちゃうね。
「何笑ってんだよ」
「え、いやぁ〜……っていうか! なんではっち、あそこにいたの?」
「偶然」
「……嘘だ」
「偶然だよ」
「でも普段のはっちなら見かけたところでスルーするよね」
「あぁ、まあぶっちゃけ出ていくつもりなかったけど」
「えっひどい」
「アイツの言葉にすげーイラッとして気付いたら、な」
あいつの言葉。頭の中で思い浮かべてみる。色々と言われたけれど、どの言葉もこの数分で色あせてしまったようだ。やっぱり好きな人からの言葉じゃないと、対して心に残らないものだね。それでもなんとかどの言葉か考えてみる。確かはっちが出てきた場面で彼が言っていたのは、「俺なら#name1#さんのこともっと楽しませられる」みたいな感じの言葉だったはず。ああ、それなら確かにはっちなら苛々しそうだ。自分のほうが上みたいな言い方だもんなあ。
「わたしははっちといる時、十分に楽しいし、幸せだよ」
「は?」
「……ん? あれ、それじゃない?」
はっちははあ、とまた溜息を吐く。呆れたような顔をしながら。
「『俺のほうが#name1#さんのこと好き』とか何とか言ってだろ、あいつ」
「あー、うん」
「勝手なこと言ってんじゃねえって思って」
「……あー、うん?」
うん、うん。頷きながら、ん? とわたしは思考を止める。え、だってそれって──。
「〜〜っっわたしもだいすきだよはっち!!!!」
「!? おまっ、声がでけえ!」
「はっちがドキドキさせるからーー!!」
「ハァ?!」
ごめんなさい、わたし日本語力がない上に脳みそがお花畑だから、そういう都合のいい解釈しかできないです。ついでにあの男の子に告白された時の三十倍ぐらい心臓がうるさいし顔が赤くなっている気がするんですけどどうしてくれるんだ、このやろう。
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