ちいさい頃、わたしはよく迷子になった。遊園地、動物園、水族館、人がたくさん集まる場所では特にだ。好き勝手はしゃぎ回って、一緒に来ていた家族とはぐれて一人で泣き出すことなんてしょっちゅうだった。

「みんな、どこ……?」

 それまでは元気いっぱいだったくせに、一人になった途端、急に周りの全てが怖くなって、わたしはただただ泣いていた。そんなわたしをいつも見つけてくれていたのが、しゅーさんだった。
 しゅーさんはわたしの二つ上で、家が近所にあって、わたしにとってはお兄ちゃんみたいな存在だった。親同士の仲が良くて、家族ぐるみのお付き合いをしていたから、わたしとしゅーさんもそれと一緒に外へ出かけにいくことは多かった。

「#name1#ちゃん、やっとみつけた」

 しゅーさんはわたしがいなくなるといつも、必死にわたしのことを探し出してくれた。わたしの行きそうな場所がわかるのか、いつも最後にはわたしのことを見つけてくれる。そしてわたしを見つけた後は、肩で息をしながら、それでもほっと安心したように彼は泣いているわたしの頭をぽんぽんと撫でてくれるのだ。

「こわかったよお、しゅーさん」
「だいじょうぶ。だいじょうぶだよ。おれがそばにいるから」
「ほんと? もうどこにもいっちゃわない?」
「いかないよ」

 そうやってしゅーさんは繰り返し、大丈夫だよ、とわたしが泣き止むまで言い続けた。おかしな話だ。どこかに行ってしまっていたのも離れていたのもわたしなのに、まるでしゅーさんがどこかへ行ってしまったかのような言い草で、わたしは怯えていたのだから。





 しゅーさんが海外に行くという噂は、社内ですぐに広まった。なんとも向こうの国のお偉いさんから直々にお呼ばれがあった、だとか。そんなことはスポーツの世界だけのお話かと思っていた。

「いやぁ、寂しくなるなあ」
「そうですねー」
「向こうでもがんばれよ!」

 みんながみんな、その話をあっさりと受け入れて、しゅーさんに別れの言葉を述べていた。しゅーさんの送別会は、賑やかで、楽しそうで、その空気に入り込めていないのは自分だけのような気がした。どれだけお酒を飲んでも、酔っぱらっても、気分がいまひとつ盛り上がらなかった。

「#name1#ちゃんも、寂しくなるなあ」
「え?」

 急に話を振られたから、喉に入れかけていたお酒を飲む手を慌てて止めた。話を振ってきたのは、先輩でありしゅーさんの同僚である、すぎるさんだった。

「だって幼馴染なんやろー?」
「え、あ、まぁ……そうですけど」
「え? なに? #name1#、さみしいのぉ?」

 酔っぱらっているしゅーさんが、へらへらと憎たらしい笑みを浮かべている。散々周りの社員さんからも褒められて天狗になっているのだろう。その声は楽しそうに弾んでいて、こちらの気持ちを一ミリも理解していないようだった。別に、理解してほしいとも思ってはいなかったけど。

「ぜんっぜん! っていうかしゅーさんとわたしはただの腐れ縁ですし」
「らしーで、しゅーさん」
「なんだよそれ〜、つれないじゃんかよー#name1#〜」

 どっと場が笑いに包まれる。わたしもしゅーさんも、よくこういう風に周りからいじられるキャラなのだ。しゅーさんがわたしをからかって、わたしがそれを振り払う、というお決まりの流れだった。だからこれに大した意味なんてないのに、自分で口にした腐れ縁、という言葉がどうも引っかかってしまう。
 みんなで騒いでいるうちに、一次会は終わってしまった。しかし皆の盛り上がりは冷めることなく(会社にとってもめでたいことだからだろうか)、二次会も当然行く流れになっていた。だけど、わたしは行く気になれなかった。これ以上皆に取り囲まれて笑っているしゅーさんを見ていることは、できそうになかった。ただの腐れ縁、そうであったならどれだけよかっただろうか。
 もういいや、こっそり抜け出そう。次の飲み屋へ向かうみんなから少しずつ距離を取り、そのままわたしは逆方向へと歩き出した。







 深夜の公園を照らしているのは一本の街頭の光だけで、あとは真っ暗だった。2つしかないブランコの1つに腰を掛けて、息を吐く。光でいっぱいの繁華街よりも、ここのほうがずっと落ち着く。家の近所に昔からあるこの公園は、昼でこそ賑わってはいるけれど、今はわたしひとりだけだ。

(まるで、迷子にでもなった気分)

 すぐ迷子になっていたあの頃のわたしと、今のわたし。昔みたいに迷子になることはもうないけれど、あれからどれぐらい変わることができたんだろう。年ばかり取って、なんだか、なにも変わっていないような気がする。一人でいるのが孤独でさみしいなんて、あの頃と同じままじゃないか。
 思わず、涙が零れた。明日になればもう、しゅーさんは行ってしまうのだ。わかっていたことだったのに、今更泣くだなんて、馬鹿だ。

 だいじょうぶ。だいじょうぶだよ。おれがそばにいるから
 ほんと? もうどこにもいっちゃわない?
 いかないよ


 ……うそつき。すぐにどこか行っちゃうくせに。わたしのことなんか、ちっとも見てやいないくせに。

「見つけた」

 頭上から声がした。それはここにいるはずのない相手の声だった。ひょっとしたらわたしの作り出した都合のいい幻覚なのかもしれない。むしろそうであってほしかった。

「しゅー、さん」

 泣き顔を見られたくなかった。顔を挙げてはっきりと彼の姿を認識し、改めてそう思うと同時に羞恥心で消えてしまいたくなる。

「送別会、は」
「あー、抜けてきた」
「主役が抜けてどうすんの……」
「んー、まあ。#name1#探しに行くって言ったらみんな笑顔で見送ってくれたから、あとでラインで謝っとけばなんとかなるよ、多分」
「……そうなの」

 話しながら、わたしは濡れた頬を服の袖で拭いていた。おねがい、触れないで、何も言わないで。そう思うけれど、そんなにうまくいくはずもない。

「いい年して迷子になって泣くなんて恥ずかしいぞー」
「……迷子じゃないし。望んでここに来たんだから」
「でも泣いてたじゃん」
「それは……」
「もしかして、本当に俺がいなくなるの、さみしかったとか」

 しゅーさんがわたしを見つめる。飲み会の時のようなからかう態度は一切なく、純粋な問いかけに、わたしは言葉を詰まらせる。その通りだ。ぜんぶお見通しだ。わかっていてこういうことを聞いてくるのだ、この男は。わたしは首を縦にも横にも触れずただ黙り込むことしかできなかった。そしてそれは、「うん」と言っているのに等しかった。

「たったの1年じゃん」
「……長いよ」
「まぁ、長いのかな」
「わたしのこと、忘れちゃうでしょ」
「忘れないよ」
「うそ」
「うそじゃないって」

 せっかく拭いたのに、また涙が零れてしまう。大人になってもわたしは感情のセーブの仕方がわからない。しゅーさんがいなくなる、たった1年でもそれはわたしにとって大きなことだった。

「かわいいな、#name1#は」

 ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。

「やめてよ、子ども扱いなんて」
「ごめんごめん」

 本当は分かってる。私は小さいころからずっと、しゅーさんが私にしてくれる子ども扱いに甘えてきたのだ。私が泣けばしゅーさんは放っておけないんだって、知ってるから。

「だいじょうぶだよ」

 まるであの頃に戻ったみたいにわたしの手をぎゅっと握って、しゅーさんは言う。

「行っちゃやだよ、しゅーさん」

 このままずっと泣いていたら、しゅーさんはそばにいてくれるんだろうか。そんなことできないと知りながらいつまでも彼の手を離せないわたしは、彼の言う通り、今でもまだずっと、迷子なのかもしれない。


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