そりゃあ、期待していなかった訳じゃない。初めて自分で選んだ浴衣を着て、メイクもバッチリして、髪形もいじって、気合十分で挑んだ夏祭りだ。一緒に行く友人にも、せっかくの機会だし告白しちゃいなよ、なんて茶化されて。そこまでとはいかなくても、いい雰囲気ぐらいにはなったらいいなあ、と思ってた。いつも素直になれなくて、変に突っぱねているわたしも、今日ぐらいは素直になれたら、って。
そう、思ってたのに。
「あー、あれや! まさに馬子にも衣裳〜って感じやなあ!」
けらけらと笑うその男に、怒りより何よりも、は、と呆然とした。
○
なんていうかもう、最悪だ。真っ赤に晴れ上がった足の指を見て溜息をつく。ドーン、と花火が打ちあがる音が聞こえた。どうしよう、花火、始まっちゃった。辺りは賑やかで騒がしくて、幸せオーラで満ちているのに、わたしの気分はすっかり沈んでいる。みんな、どこだろ。探す気にもなれないけど。
ピコンと携帯が鳴る。通知に表示された名前を見て既読無視したい衝動に駆られるけれどぐっと堪える。
『今どこやねん』
どうやらわたしを探してくれているようだ。別にほっといてくれたらいいのに。あ、やばい、なんか顔思い出したらむかむかしてきた。
『いいよ、ほっといて。花火一人で見るし』
『そういうわけにいかんやろ。どこ』
『たこ焼き屋の前』
『たこ焼き屋なんていっぱいあってわからんわ!』
『他に言いようないし』
『あー、もう』
そこで返信は途切れた。さすがの彼も呆れているだろう。わたしだって、大人げないなって思いますよ。浴衣を褒めてもらえなかったぐらいでこんなに不貞腐れて。これじゃあいい雰囲気になるどころか、もっと険悪になるだけじゃないか。
じわじわと涙が出てくる。馬鹿にも程がある。いいよもう、いっそ誰か笑ってくれよ。俯きながら歩いていると、ふいに肩を掴まれる。──もしかして、すぎる? そう思って振り向いたけれど、そこに立っていたのは見ず知らずの男の人だった。
「お嬢ちゃん、一人?」
げ、これ、もしかして。そう思った時には既に、私の逃げ場は失われていた。二人の男の人に囲まれている。もしかしなくても、ナンパというやつだ。……こんなこと本当にあるのか。都市伝説かと思ってたよ。
「あの、連れがいますから」
「はぁ?いないじゃんそんなの。一人なんでしょ?」
「俺らと一緒に花火見なーい?」
やめろ手を掴むな触るな! と心の中では威勢よく抵抗できるのに、いざ男の人を目の前にしているわたしの身体は情けなく強張っていた。離してください、と絞り出した声は震えていて、後悔は募る。あーあ、もう。何やってんだろう、わたし。こんなことしてたら、花火、終わっちゃうよ。まあもう、どうせ、すぎるとは一緒には見れなかっただろうけどさ。抵抗できないことよりも、そっちのほうがよっぽど悲しかった。じわりじわりと目に涙が溜まっていく。
「すんません、離してもらえますか」
声と同時に、ぱし、と、掴まれていないほうの腕を掴まれる。そのままわたしたちの間に割って入ってきたのは、すぎるだった。
なんで、と聞くより先に、腕を引っ張られる。男の人たちはそれぞれつまらなさそうな顔をして、わたしの腕から手を離した。舌打ちをされる。すぎるはそんなのお構いなしに、わたしを引っ張って、そのまま屋台から外れた土手に連れて行く。すぎるが肩で息をしているのがわかった。もしかして、ずっと探してくれていたんだろうか。
カップルで溢れるその土手からは、花火がよく見えた。空いている場所を見つけて、立ち止まる。すぎるは途端に全身の力が抜けたかのように、その場に座り込んだ。
「……あーー!! めっっちゃこわかった!!!!」
「え、……なさけな……」
「なんやと!? お前、あんなん相手すんの初めてやねんぞ俺! 何変なのに掴まっとんねん!」
「わ、わたしだって初めてだよ、あんなの! 大体──いたっ」
ぎゃいぎゃいと喚いていると、ふっと足に痛みが戻り、思わず声をあげてしまう。
「な、ど、どしたん」
「足、下駄で痛めちゃって」
「あー……ごめんな、気付かんかった。……大丈夫か?」
途端にすぎるは勢いをなくし、おまけに深刻そうにわたしの顔を覗き込んでくる。そんなふうにされたら、わたしも言い返すに言い返せなくなってしまう。
「なんで、来てくれたの」
「なんでって、ほおっとけるわけないやん、こんな人混みの中で。危ないやろ、アホ」
「……ごめん」
叱られたので、素直に謝る。こればっかりはわたしが悪い。純粋に心配をかけてしまったことが申し訳なくなる。
本当に、やさしいやつだ。わたし、八つ当たりして、不貞腐れたのに、こうやって息がぜえはあするぐらい探し回ってくれて。さっきだって、助けてくれて。ずっともやもやしていた気持ちが吹っ飛んでしまった。自分でも単純だとは思うけれど。
「いや、俺もごめんな」
「……え、なにが」
「あー、その、ほら……馬子にも衣装とか言ったやん」
「え」
悪いことしたって自覚、あったの。わたしがあからさまに意外そうな顔をしていたので、すぎるはばつが悪そうに、「周りの奴らにめちゃくちゃ怒られて……そんな態度じゃ嫌われるぞって脅されて」と、目線をうろうろさせた。ああ、やっぱりそんなことだったか。
「正直な」
「うん」
「めっちゃ可愛かったで」
は。
「ああやって軽口叩かなきゃいけんほどには」
「……と、唐突に、褒めないでよバカ!!」
「なっ、はぁ!? 褒めても怒られるとか俺もうどうしたらいいかわからん!!」
「う、うるさーい!!」
花火が鳴っている。ドーン、パアンってうるさいぐらいに。「たーまやー!」「かーぎやー!」周りの人たちが騒ぎ始めて、更に喧騒が激しくなる。でも、よかった。これでわたしの心臓の音、ばれないから。
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