すぎると蘭たんが喧嘩をした。……と、思う。多分。何故ならいつも仲良く話している二人が今日は一言も口を利いていない。もしかしたらわたしの思い違いかも、と思ったけれど、蘭たんはともかく、すぎるはどう考えても怒っている。もしかしたらすぎるが一方的に蘭たんに何か腹を立てているのかもしれない。そういうことは過去にも何度かあったし。
すぎるに何かあったの、と聞いても、適当にごまかされてしまった。「俺と蘭たんの問題やから」とすぎるは言っていた。そういう男の子の友情ってなんかいいよなあ、とか思いつつやっぱり心配なので、お節介とはわかっていても、わたしは蘭たんの家に訪問し、事情聴取を試みた。
「蘭たん、なんですぎると喧嘩したの」
「……あー」
蘭たんは非常にめんどくさそうに対応する。雑誌をぺらぺら捲りながら、こちらを見ずに。
「すぎるはなんて言ってたん」
「何も。俺と蘭たんの問題だからーって」
「……ふーん」
「何? わたしに言えないようなことなの?」
「……まあ」
まじか。肯定されると、それはそれでつらいものがある。だってわたし、確かに二人ほど仲はよくないけど、なんだかんだ三人で一緒にいることは多かったし、勝手に仲がいいって思い込んでしまっていたから。
「わたしに言えないことって……なに、まさかその、二人がそういう……関係ってこと?」
「ちょ、やめてよ、縁起でもない」
「だってそういうこととしか」
「お前が考えてもわかんないと思うよ」
「え、なにそれ。……あ。もしかして」
女の子絡み?
と、わたしが尋ねると、蘭たんは雑誌を読む手をぴたりと止めた。そしてわたしのほうをじっと見つめる。え、なに。正解なの?訳がわからず戸惑っていると、蘭たんは、それはそれは深いため息をついた。なぜだ。なぜわたしが呆れられなければいけないんだ。わたし、そんなに鬱陶しいかな。
「まあだいたい合ってるけどさ」
「え! まさか本当にそうとは……。っていうか、え、なに、女の子絡みって、すぎると蘭たんがおんなじ人を好きになっちゃったとかそういう……」
「さあ」
「あーそうだ! 絶対そうだ! すごいねそれ、少年漫画みたい!」
「どっちかって言うと少女漫画じゃないの」
「それもそうだね……じゃなくて! え、誰? わたしの知ってる人?」
「なんでそんなのお前に教えなきゃなんないの」
「だって気になるし……」
蘭たんは再び雑誌を読み始めてしまった。どうやら教えてくれる気はないらしい。いやはやまさか、蘭たんとすぎるがそんなことになっていただなんて、わたし、それなりに二人のことを見ていたはずなのにまったく気付かなかった。すぎるはまだわかるけど、蘭たんにもそういう感情、あったんだ……。
「じゃあ誰かは言わなくていいからさ。その子、どういう子?」
「……割とどこにでもいる感じの奴だよ」
「可愛い子?」
「まぁ、俺は可愛いと思うけど」
「わー! やだもう聞いてるこっちが照れちゃう」
「なんなの……」
「頭いい?」
「よくはないと思う」
「優しい?」
「さあ。人並みには優しいんじゃない」
「そっかあ。そっかあ!」
蘭たんが女の子を、そんなふうに言うなんて。なんだか新鮮な感じがして、顔が緩んでしまう。ほんとにその子、どんな子なんだろう。
「でも、なんで喧嘩になったの?」
「……すぎるが、お前がそんなんなら俺が付き合うで、とか言ってきたから」
「そんなんとは」
「……お前には関係ないって」
そこで蘭たんは口をつぐんでしまう。そこから先が重要なのに!むっとしてわたしは蘭たんに近寄り、彼が読んでいた雑誌を奪い取る。蘭たんもすぎるもどっちも大事だけど、何も教えてくれなかったすぎるよりかは、蘭たんのほうをわたしは応援してあげたい。そう思って、さあお姉さんに何でも話してみなさい、と言わんばかりに彼の目を見つめる。蘭たんはわたしから顔を反らす。「あー、もう」苛々している様子だけど、お構いなしだ。わたしがしつこいやつだと、彼はとっくに知っているはずだもの。
「俺は、すぎるとのほうがそいつはお似合いだって思ってんの」
「……ほう?」
「そいつ、すぎるのほうが好きみたいだし。そう言ったら向こうがキレてきた。そんだけ」
「その子にちゃんと確かめたの?」
「いや、見てればわかるし」
「そうかなぁ……」
「だってお前、俺よりすぎるのほうが好きでしょ?」
「は?」
「どうなの」
「え、いや、わたしはどっちも好きだけど。ていうかさ、大事なのはわたしの意見じゃなくない? その子の意見じゃん」
話題を変えたいのか何なのか、唐突に質問を返されて、疑問符が浮かぶ。蘭たんは思い込みが激しいところがあるから、好きな子がすぎるのほうが好き、なんてのも多分思い違いだろう。
「大丈夫、蘭たん結構かっこいいしさ、そりゃコミュ力はすぎるのほうが上かもだけど、蘭たんが負けるって決まったわけじゃ──」
「黙って」
蘭たんが急に真面目な声を出して、わたしは思わず動きを止める。ふいに腕が掴まれて、一瞬、視界が真っ暗になった。
くちびるに何かの感触があった。
本当に一瞬のことで、思考が追い付かない。ぽかんとしてしまう。わたしは何も言えないし、そのまま石化したように固まることしかできない。
「特徴、いっこ言い忘れてた」
蘭たんは平然としている。何もなかったみたいに。
特徴? ああ、そういえばさっきそんな話をしていたね。なんだっけ、どこにでもいそうな子で、蘭たんから見たらかわいい子で、頭はそんなによくなくて、でもまあ優しくて、蘭たんがすぎるとお似合いだと思っている子。
「そいつ、めちゃくちゃ鈍いんだよね。むかつくぐらい」
めちゃくちゃ鈍い。蘭たんの視線は真っすぐに私を射抜く。「そいつ」を見るかのように。
「もしかしたら自分かもとか、微塵も思わないんだよな。ほんとむかつく」
心臓が、止まってしまいそうだった。何も言えないわたしを見て、蘭たんは、憐れむでも励ますでもなく、ただただ、笑った。嘲笑といったほうが正しい表現かもしれない。人にキスをしておいて、その態度はどうなんだろう。わたしじゃなかったらとても許されるような行為ではない。じわじわと、喉元が熱くなる。そこから全身へ熱が広がっていくようだった。思考停止、とはまさにこのことだ。
わたしが慌てて立ち上がると、下から見上げているはずなのに、遥か高いところからわたしを見下すみたいに、蘭たんは言った。
「ねえ、やっと気づいたの?」
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