まるで微睡み
「なまえさんって結構酒強いんだね」
「そうかな?」
「うん。それ何杯目?」
「えっと……何杯目だっけ」
「ほら」
向かいで顔を真っ赤にした蘭たんが、ふははと笑う。笑い方にはその人の個性が出るな、と思う。なんだか笑い方まで随分可愛らしいんだなと、口にはしないけれど酔った頭でそんな馬鹿みたいなことを考えた。
例の飲み会は無事開催され、藤山ちゃんとはっちさんは二次会へと二人消えてしまった(随分藤山ちゃんが押していたけれど)。残されたわたしと蘭たんはどうしようかと迷っていたが、せっかくだから二人で飲む? という蘭たんの言葉にわたしが頷き、今に至る。
「最近ちょっと飲み過ぎてるのかも」
「へぇー。なんかあったんですか、お姉さん」
「まあ、いろいろと」
「男絡み?」
「……さあ」
「うわっ何今の間。絶対そうじゃん。なに、なにがあったの」
「色々だよ、色々」
「なんだよそれ。もしかして今こうやって俺と飲んでるの結構まずかったりする?」
「え? それは大丈夫だよ。今付き合ってる人がいるわけじゃないから」
「そっか」
「蘭たんこそ、どうなの。そのへんは」
「あー。俺も今は彼女いないから別に何もないよ」
「そっか」
そこで会話は途切れ、変な間が出来てしまう。過去のことをわたしがうやむやにしてしまったせいだ。だけど話したら、泣いてしまいそうだと思った。今のこの楽しい場でそんなことをしたくなくて、わたしはお酒に入ったグラスを見つめて、他の話題を探す。
「彼氏、作らないの」
話題を探す前に、蘭たんがそう尋ねてきた。
「当分はいいかな、そういうの」
「……そーなんだ」
「わたしは藤山ちゃんみたいにすぐ切り換えられないからなあ」
「あいつは早すぎ」
再び笑いが起きて、先ほどまでの気まずさがなくなった。かと思えば蘭たんは持っていたグラスを傾けごくごくと一気に飲み干してしまった。
「ちょっと残念」
「え?」
「彼氏作る気ないんだーって」
蘭たんがわたしを見る。わたしが彼氏を作る気がないというのを、どうして蘭たんが残念がるんだろう。少し考えて、どきりとする。だけどすぐにその感情を打ち消す。いけないいけない、なんだか変な勘違いをしそうになってしまった。
「……蘭たん、酔ってる?」
「うん。正直やばい」
「やっぱり。すみません、お冷二つください」
定員さんに声をかけて、わたしは目の前でべろべろに酔っぱらって顔を伏せている彼を見た。あまりお酒が強くないらしい。
「残念って思ったのは、ほんとだけど」
顔を伏せたまま、蘭たんが言う。だから彼がどんな顔をしているのか分からない。
「……からかってるでしょ」
蘭たんは顔をあげてわたしを見た。口元が緩んでいる。どうやら正解らしい。
「あはは。赤くなった」
「酔ってるから!」
「そっかー。残念、残念」
「もう……」
いつもはこのぐらいの量じゃ酔わないのに、何だか頭がくらくらして、胸がどきどきして、今日のわたしは疲れているのかもしれない。
○
「どーだった? 昨日」
翌日の昼休み、真っ先に藤山ちゃんに詰め寄られた。
「楽しかったよ」
あの後、大分酔いが回ってしまった私たちはそこそこの時間に席を立った。帰りは偶然にも最寄り駅が同じだったので、他愛ない話をしながら一緒に帰ることにしたのだ。それを説明すると藤山ちゃんはなんだか納得がいかないというような顔をして、
「えー……なんかもっと面白いことでもあるかなって期待してたのに」
「そんなこと言われても」
「まあ、でも一緒にお酒飲んで楽しかったなら一歩前進なのかなぁ」
前進、できているんだろうか、わたしは。藤山ちゃんの言葉に何かひっかかるものを感じながらも、「誘ってくれてありがとう」とお礼を言った。藤山ちゃんは「こちらこそありがと〜」といつものように可愛らしい笑顔を浮かべてみせる。
お昼ご飯を食べ終え、デスクに戻ろうとする途中、少し離れた場所で喋っている蘭たんが視界に入った。ふっと昨日の会話を思い出す。なんとなく、気まずい。そのまま通り過ぎようと思っていたら、蘭たんがこちらに気付いてしまった。
(手、振ってる?)
わたしの後ろにいる誰かに対してかもと、一度振り返ってみるけれど誰もいない。顔を戻すと蘭たんはぷっとこちらを見ておかしそうに笑っていた。蘭たんの無邪気な笑顔を見ていると、なんだか、ふわふわと浮ついた気持ちになってしまう。そうやって浮ついた気持ちになるたびに、何か強い力で引き戻される。
だめだよ、なまえ。踏み込ませちゃいけない。壁を、つくっていないと、って。そんな声が聞こえてくる気が、する。
(……前に進むって、むずかしいな)
わたしは彼に、小さくその手を振り返すことでいっぱいいっぱいだ。