好き好き好き好きそれは嫌い
互いが選んだ道だから ─── 気付かなければ良かった。 そうすればきっと、楽だったのに。 「どうやって嗅ぎつけたのか知りませんけど…大したものですね。あのジンですら気付いてないというのに」 「時間の問題だとは思うわ。…でも、安心して。あなたは今、ここで。私によって消される存在なんだから」 ─── そう… 気付かなければ良かったのだ、本当に。 そうすれば私はまだ彼の隣にいて。 たとえ叶う事のない恋だとしても、彼の傍に。 「残念だわバーボン……いや、公安の降谷 零と言った方が正しいかしら?」 ── それでも近付きたいと。 隣に立ちたいと思うが故に気付いてしまった、その事実に。 「裏切り者には死を」 それはなまえが属する黒の組織の絶対的な掟であり、中でも幹部の座に立つ一人の男の口癖でもあった。 その彼に知られて殺されるくらいなら… それなら私が、自らのこの手で。 「言い残した事があるなら聞くわ。私は誰かさんと違って、そこまで気が短い性格な訳じゃないから」 私はその口癖を持つ男──…ジンを揶揄して冷たく言い放った。 けれど、それが今の自分に対する言い訳である事も分かってる。…自覚してる。 そうでなければ彼に向けたこの銃で。 真っ直ぐに照準を合わせた、このベレッタで。 いつもの私であれば簡単に─── 簡単にその引き金を引けているのだから。 「…フッ。言い残した事、ですか?」 「えぇ。でも誰かへの伝言とかはなしよ?殺した相手のその後なんて私には興味も、ましてや伝言を頼まれる義理もないから」 刑事ドラマでよく見かける、死ぬ間際に頼まれるあの誰かへの伝言。最後の言葉。 私はあの無様で陳腐な頼み事っていうのが酷く嫌いなのと続ければ、彼は僕もですと言って笑った。 「だから誰かへの伝言なんて頼んだりしません」 「そう…それなら良かっ、」 「今の僕が言いたい事がある相手だなんて、あなたを除いて他にいないですから」 「…は?」 ── 命乞いのつもりだろうか? そうだとしたら酷く滑稽で、なんて期待はずれの男なのかと思い眉を顰めれば、 「本当に… なんだってこんな形でしか出会う事が出来ない世界にいるんでしょうね、あなたって人は」 私が向けている銃の照準はピタリと彼の額に合わせられていて。 それなのに彼は怯むでもなくただ、ただ悲しそうに唇を噛み締めるもんだから。 意味の分からない事を口にするもんだから─── 「…何が、言いたいの」 ピクリと一瞬震えた肩は、表情は。 彼に気付かれたろうか?読まれただろうか? 僅かに走った私の動揺に、照準のブレに… いや… 彼ほどの実力を持つ男がそれに気付いたのであれば恐らく、その一瞬のスキを逃すこと無く反撃に出る事が出来た筈。 自分に向けられている銃口を蹴りあげ、私の腕を掴み、そして足払いの一つでもかけようと動いていた。それが出来た筈なのだから。 …だが、バーボンとのコードネームまで与えられ、組織でもかなりの位置にまでその身を上り詰めたはずの彼はそうしなかった。 一瞬たりともそんな素振りを見せようとはしなかった。 「…どういうつもり?」 「何の事でしょう?」 私が彼の真意を計りかねてそう問えば、彼は銃口ではなく私の目を真っ直ぐに見て、世間話でもするかのようにそう返してきた。 それに訝しげに彼のその瞳を見返し、そして─── そして、気が付いてしまった。 「ッ!!!!」 ── なんで? なんであんたまだそんな目してんのよ…? 銃口向けられてんのよ?!! 私の銃の腕も、実力も!! 組織での立ち位置も、殺しに対する考えも全て分かってるはずでしょう?! それなのにッ、!! 「なんであんたの目には私に対する敵意も、悪意も!!この状況に対する怒りや諦めも、何もないのよ?!!」 真っ直ぐに私の目を見る、彼のその瞳。 その瞳はどこまでも澄んだ─── そして、私が求め続けてやまない彼の綺麗な、一瞬の迷いや濁りもない綺麗なその瞳のままで。 「何でなのよッ!!!!」 「…くっ!」 素早く詰めた距離と、彼の顔目掛けて振り上げた右足。 けれども彼はそれを瞬時に両腕でガードし、後ろへと飛んだ。 「何故組織に入ってきた!!何故私に近付いた!!!!」 左足、右拳。続いて両足揃えてのドロップキック。 後退する彼目掛けて容赦なくその攻撃を繰り出し、壁際へと追い詰めていく。 ダンッ!!! 「ぐっ!!」 けれどもそれに対し一切反撃しようとしない彼に、酷くイラついた。 ── 女には手を上げないとでもいうつもり?! 反撃の一つも返して来ないくせに、それなのに何で目を逸らさない?! なんで、そんな… 「悲しそうな目で見てくるっていうのよ…!!!」 壁に叩きつけるようにして押し付けた、彼の体。 銃はまだ私の手に握られたままで。 先程まで彼に向けていた訳だから、安全装置だって外したままで。 だからそれを彼の額に向け、たった一回引き金を引くだけでいい。 組織の一員として何の感情も持たず、いつものようにたった一発その額に鉛を撃ち込むだけ。 それだけの事なのに!!!! ガシャン 「…戦いなさいよ」 落とした銃はそのままに。 私はキッと強く彼を睨みつけた。 「私と戦え!!バーボン!!!!」 ── こんな感情のままの私を!! その感情を植え付けた張本人であるお前が反撃の一つもなく、そんな瞳で私を見たまま死ねると思うな!! 逃げられると思うな!!!! 「…それであなたの気が済むのでしたら」 壁に押し付ける私の腕の力が緩んだ事に気付き、するっとそこから抜けた彼は、ゆっくりと構えの姿勢を取った。 左手の拳は目より少し高い位置に。 右腕は脇腹に肘をつけるような形で軽く前かがみになり、アゴを引いて。 そのボクシングのような彼の構えを見て、私はこれこそが彼の本来の戦い方なのだと悟った。 「あなたのそんな構え…初めて見たわ」 ── そんな姿は知らない。 それは銃を構え、相手を牽制する事のが多かった彼が初めて私に見せた、酷く彼らしい戦闘ポーズだった。 「私はまだ全然あなたの事を─── 知らなかったのね」 それがどうしようもなく悲しかった。 それなのに彼と行動する機会は多い方だなどと思っていたとは…勘違いも甚だしい。 「ふっ」 ならばこちらも体術で受けて立とう、と。 私が間初入れずに前蹴りを繰り出すと、それはあっさりと躱され、左サイドステップからのジャブ2発の応酬。 その素早さに目を見開き、既の所で避けて後ろ回し蹴りを放つもサッと頭を屈められ、迫る右ストレート。 「このっ……!!」 互いに避けては迫り、隙を突いては攻撃を繰り出すといった行為を繰り返す事数分。 けれどもどうしようもなく─── どうしようもなくなまえは気付いてしまった。 「…あっ!」 払われた足によりバランスを崩し、尻餅をつく寸前でやんわりと受け止められる体。 ── 敵わない、力の差。 「はな、して…!!」 「離しません」 「触らないで!!」 「嫌です」 そのまま彼によってきつく抱き締められる体。 逃げ出そうとするのに─── 突き飛ばして離そうとするのに──── 「……っ」 抵抗は力を失くして、振り払えなくて。 …けれども認めてはいけない。 今自分が彼のその腕を振り払えないのは──── 彼に惹かれているから、だなんて。 きっと今やり合ったから。 そのせいで力が入らないだけで決して、決して自分が彼のこの腕を望んでいるわけでは…望んでいた、だなんて。…そんな事。 「あるわけが…ない!! 私がお前を殺せないだなんて、そんな事ッ!!!!」 「えぇ、分かってますよ。 あなたは殺せます。その気になればいつだって、僕の事を殺せたはずなんです」 「?!」 「ほんとはもう……ずっと前から。 あなたは僕の正体を知っていましたね? 僕が公安のスパイであると。…あなたは知っていたんでしょう?」 耳を塞ぎたかった。 けれどもそれは─── それは紛れもない事実だ。 裏切ったのねと突き付け、銃口を向けたのは確かについ先ほどの事。 けれどもそう気付いていたのは─── 彼が言うようにほんとはもう…ずっと前からだった。 けれどそれを口にする事が出来なかったのは。 今日まで突きつけようとしなかったのは。 「好き、だったのに…」 本当は今日を最後に自分の中に根付くその想いごと断ち切り、彼を葬るつもりだった。 『裏切り者』として。 組織のその掟に乗っ取り、殺めるつもりで。 けれども照準を合わせた銃の引き金は引けなくて… 壁に押し付けた彼の首を締める事も、再び銃でその身を撃ち抜く事も適わなくて… 「なまえ」 「!」 囁くようにそう名を呼ばれ、私の背が反射的にビクッと震えた。 そしてそれに気付いた彼は私のその背を優しく撫で、そして、 「僕も…同じです。好きです、なまえ」 彼のその言葉に、私は目を見開いた。 そん、…な。どうして 「でも、こんな形でしか組織に身を置くあなたには近づく事が出来なくて…スパイとしてしかあなたに近づく事が出来ない僕は「 っ!! 嫌いよ!!あなたなんて!公安だなんてッ!!!!」……すみません」 言いかけた彼の言葉を遮るよう、私は強くそう叫んだ。 けれども互いの立場に気付いてしまった以上… 更にはこんな状態で互いの想いが重なったのだとしても… それは決して相入れることのない二人の関係。 実ることの無い、その想い。 「… っ」 私は彼のその瞳を真っ直ぐに見つめたまま… 静かに傍らにある銃を手に取った。 込められている弾は最初から2発だけ。 「好きよ、バーボン。…愛してる」 犯した罪は彼が公安を選んだ事か。 はたまた私が組織を選んだ事か否か。 「僕もです。なまえ…」 好き好き好き好きそれは嫌い. (あなたの事は好き。 …だけど公安であるあなたは嫌い。組織の人間である、自分自身も) 2017.1.6 企画「大罪/guilty」 様提出. |